聴覚障害者同士の夫婦の子育ての続きです。
幼児相手に我を忘れるほど夢中になっている自分に気付いた以上、保育士を考えない筈はありませんでした。でも、当時は男女雇用機会均等法の施行前。1985年の施行後ですら資格は民間のままで、慣例的に保父と呼ばれていましたが、資格名は(職業欄も!)保母の時代。その後、2000年前後に、名称が保育士に改められ、国家資格への変更などを経て、今に至っています。看護婦→看護師なども、ほぼ同じ頃ですね。
その、名称はおろか、機会すら不均等な時代ですから推して知るべし。保父どころか、男性には門戸が開かれていませんでした。あっ、正しくは、閉じていたのか半開きかまでは確認しませんでした(汗)。性別以外に、実技面のハードルもあったからです。絵画などの造形表現も、お話しなどの言語表現も絶望的、子供の頃から憧れていたので楽譜は読めるものの機会のなかった鍵盤(音楽表現)。「もしもピアノが弾けたなら♪」(古っ!)よろしく、社会人になって少し習ったのですが、今でも初見は難しいです。
ちなみに、幼稚園教諭も考えましたが、教育学部に入り直さなければならないと思ったので、早い段階で断念しました。
そんな幾多の変遷を経て、今は当時とは雲泥の差、資格がなくても保育補助ならできる時代。ですから、定年後は、体が3つあれば保育士や保育補助は有望な選択肢です。えっ、3つ?。そうです、2つでもなく3つ。じゃあ、2つだったら?。1つは、本当に必要としている方への支援、近いうちに私自身が年老いて支援が必要になるかも知れないんですけどネ。もう1つは、モンテッソーリ。もちろん、3択はあくまで漠然とした比率で、敢えて1つに絞り込むつもりはありません。
永年の幼児との関わりの中で、私1人の力でできることの限界を痛感した結果、支援の必要が相対的に高い方への優先に傾いています。ですから、一般の方を対象とした、保育士・保育補助・青少年団体などの選択肢は低いかなと。ただ、やはり、幼児に関わりたい気持ちは変わらないですから、結果的にそれが幼児であれば本望ではあります。実は、本当に必要としている方への支援の模索が、フォロー専用だったアカウントでブログを始めたきっかけでもあるんです。
そして、同じく幼児との関わりの中で知ったモンテッソーリ。実は、少ない時間ながら書物などで理解したモンテッソーリメソッドを、数年前に実践できそうな機会があったのですが実現に至らないまま不完全燃焼。ですから、教員養成コースを受講しようとまでは思っていませんが、理解した結果を実践してみたい未練があります。障害児教育が原点で、健常児に汎化した統合教育ですので、何等かの支援を通して少しでも実践できたらいいなと思っています。
もし、諦めずに保育士になっていたら、今頃どうなっていたか考えることがあります。障害児に出逢う機会も少なく、モンテッソーリを知る機会があっても、保育士が楽しくて今の様な結論には至らなかったかも知れません。ですから、保育士の壁は、私にとっては良かったのかも知れないと、ポジティブに考えています。もっとも、実際にステージが変われば、どうなるか分かりません、4番目以降も続々と控えていますので(笑)。
モンテッソーリを知ったきっかけや、心酔した経緯などは、追って書こうと思っていますが、まずはご存知ない方が興味を持っていただくきっかけになれば嬉しいです。但し、私も陥ったんですが、教具や縦割り編成などの背景説明が不充分なサイトが少なくありません。書物や実地でご理解いただくのがベストですが、せめて先入観は抱かないで下さい。また、保育園ではないですが、幼稚園をお探しの方は、「子どもの家」で検索してみて下さい。
To be continued.