先日、8月に亡くなられたサッカー元日本代表DF 松田直樹選手のメモリアルマッチ(追悼試合)が行われましたね。
観に行きたかったが、卒論をやらなくてはいけなかったので、自宅でTV観戦。。。

2001年、当時私は小学6年生でした。サッカーをマトモに始めた頃でした。そんな時にTVで観た代表戦。それは、0-5で敗れたフランス戦。松田直樹選手はキャプテンマークを巻き出場していた。ジダン、トレセゲ、アンリ、ピレスなどの名選手を擁するフランス。98W杯、ユーロ2000を制して日韓W杯も優勝候補だったフランス。惨敗でした。松田直樹選手はファールでPKを献上、先制点を与えてしまいました。でも、最後まで必死に王者フランスに食らいついていく姿がとても格好よかった。結果としては0-5で惨敗。DFにとって屈辱すぎるスコア。全然評価しようがない試合なのに、ホントに格好よくみえた。自分自身が幼かったのかもしれん。キャプテンマークを巻いてたからかもしれない。自分もDFだったからかもしれない。その試合、松田直樹選手ばかり観てた。
ファンになった。
2000年のシドニー五輪にも出てたのを観たけど、その時は全く気付かなかった。
松田直樹選手は誰よりも熱かった。

2002日韓W杯では、チームで外せない戦力だった。世界を相手に互角、それ以上のプレーを見せてくれた。
ホントに格好よかった。
ホントに憧れた。
真似して試合では3番のユニフォームをよく来てた。
自分の目指すDF像は松田直樹選手だった。

マリノスの試合も沢山観た。プレーを真似しようとしたけど、松田直樹選手の間合は独特すぎて、真似できなかった。真似できたのは背番号だけだった。

私はマリノスファンではないけど、マリノスで引退して欲しかった。日本サッカー界のマルディーニになると願ってた。
だからこそ、マリノスから戦力外通告を受けた時はホントにショックだった。まさか、あんな形でマリノスを去るとは思わなかった。

「マジでサッカー好きなんすよ」
2010年シーズン最終節でサポーターに言った言葉。
松田直樹選手らしい飾りのない一言。
感動した。

翌シーズン、JFLの松本山雅でプレーする事をきめた。J1、J2のプロリーグてはなくJFL。
レベル、環境ととても違うと思う。
ただ、TVで観た松田直樹選手はとても楽しそうにサッカーをしてた。インタビューを観ても「松本山雅をJ2に昇格させる」という想いが伝わってきた。

そんな中での突然の死。

早すぎるよ。

だって、これからだったじゃん。

ホントに信じられなかった。
誰もがそう思ったはず。


そして、先日のメモリアルマッチ。KINGカズ、ゴン、井原、ヒデ、能活、肥えた城、様々世代の選手が集まってた。やっぱ松田直樹選手はすげー。
親友の安永選手のインタビューで、ノイズが入ると、安永選手は松田直樹選手のイタズラと言ってました。

松田直樹は最後まで松田直樹だった。






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えー、本日文化祭片付け日終了とともに4年間全力で関わってきた文化祭実行委員が終了しました。




ほんとに楽しかった。



その一言につきる。

その要因として周りに仲間がいたから。
先輩、タメ、後輩に最高の奴らが多かった。
しっかり言い合える関係が出来てたからこそ充実してた。
馴れ合いではなく、本物の仲間。
ほんとに感謝!

先輩から最後に貰った沢山のありがたい言葉。
今になってホントの意味がわかった気がする。
やはり、偉大な先輩方は超えられんかったな。

今の自分に言う資格があるかわからないけど、後輩に色々とキレイな言葉を並べた。
でも、それはカッコつけではなく、いい先輩ぶった訳でもなく、今年の後輩たちの活躍を見て素直に思ったこと。

実際、今年は4年生という立場であり、運営をするわけではない。
どんな風に関わって良いのかホントわからなかった。
答えを教えるのではなく、後輩達自身で答えを導けるようにする存在がそうなのかな?
指示するのではなく、指示に従う存在がそうなのかな?
結局、まだ分からずじまい 苦笑

正直、あーしろ、こーしろとか言い過ぎちゃったかな?って思う事が多かった。
今年も反省ばかり、、、

しっかり次に繋げて成長しなきゃいけなないなー。
それでも、こんな俺にも感謝の言葉を言ってくれた後輩達。
感謝するのはこっちだよ。
こんな先輩でも受け入れてくれたからこそ、今年も全力で楽しめた。
来年も期待がもてる奴らだぜ。




とりあえず、タメの奴らにはありがとうしか言えない。
お前らがいたから毎年楽しい思いができた。
ほんと心の支えだった。
ほんと人生の宝物だ。
ほんと欠けちゃいけない仲間!

ありがとう!





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今年もやってきました文化祭シーズン!

一年の時から実行委員をやり、ついにラストになりました!

色々あったなー、、、
一年の時は先輩が可愛いから模擬店をやり、二年の時はトラックの荷台に乗りたいから備品をやり、三年は担当責任者という言葉のかっこよさにつられ安全管理をし、今はアホな先輩として馬鹿騒ぎしてますゎ笑笑

ほんと、仲間に恵まれたと思う。
奴らがいなかったらここまで楽しめなかったと思う。
ただ、アホみたいに楽しむだけじゃなくて、真面目に言い合ったりすることもできたし、でもやっぱり最終的にはアホみたいなことばっかだし、最高の思い出ばかりだぜ!

関わった全ての奴らに感謝!

だから準備日、当日、片付け日の4日間最高に楽しもう!

全ては打ち上げのために!





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今、大学の友達と3時間くらい話してて、ふと思ったんだけど、今みたいにしょうもない時間って、あとどのくらい過ごせるのだろうか、、、

その友達とは大学一年からの付き合いでよく遊んだりしてた仲なんだけど、4年になってから忙しくて中々会うことができなかったんだよね。

だから、凄い楽しく感じたなー。

毎日の様に顔を合わせるヤツもいるし、たまーにしか会わないヤツもいるし、色んな巡り合わせの中で生活をしてるんだなーと思う。

来年からそれぞれが様々な道に進む訳で、それまでの今をどう過ごすのかってとても大切だと思う。

友達と過ごせる時間ってのが当たり前にあることが幸せなんだと思う。

正直、大学を卒業したら会わなくなるヤツもいるし、それが誰になるのか全くわからん。意外に沢山あってるヤツかもしれん。

だからこそ今を大切に生きたいと思いました。沢山思い出を作って、大学の時にサトウって馬鹿なヤツいたなーって思われたい。笑



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なんとなく、名言を紹介していこうかなと思います。


ロベルト・バッジオ(サッカー選手 元イタリア代表FW)

「PKを外すことが出来るのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」


これは、1998年フランスW杯の際にPKを外したチームメイトにかけた言葉である。

確かに的を得ている言葉ではあるが、彼が言うと自分自身にも言っているように聞こえる。

1994年アメリカW杯の決勝のブラジル戦はPK戦にまでもつれ込む試合だった。

彼は5番目のキッカーとしてPKを蹴ったが彼の蹴ったボールはゴールバーを越えてしまった。

外した瞬間、試合に決着がつきイタリアは準優勝に終わった。

失敗すれば誰もがその人を責めることもある。しかし、失敗するということは、チャレンジした人だけが出来ることである。何かをすれば失敗だってある。

ただ、PKを外して絵になるのは彼だけである。



ラモス瑠偉(サッカー選手 元日本代表MF)

「テクニックは人から教わることは出来る。でも、ハートは自分で鍛えるしかない」


そうだよ、そうなんだよ!メンタルは自分でしか鍛えることは出来ないんだよ!

選手のプレーは真似することはいくらでも出来るけど、選手の気持ちを真似することは絶対にできない。



ロマーリオ(サッカー選手 元ブラジル代表)

「有名になりたきゃ何も考えずに俺にパスをしろ、アシスト王にしてやる」


う~ん、かっこいい。確かにロマーリオだったら必ずゴールしてくれる気がする。

ホントたまにいるよね、「こいつだったら、、、、」って期待できるやつ。

純粋にそういう選手に憧れたこともあったな、、、、



中山雅史(サッカー選手 コンサドーレ札幌所属)

「僕にとってW杯は、もうDカップやEカップなんて問題じゃない大きさです。なんせWカップですからね」


いいね~、この感じ。ゴンちゃんらしい!

でも俺はDカップは好きです。



曙太郎(相撲)

「横綱になるのは難しいが、務めるのそれ以上に大変だった」


う~ん、どっかの某力士に伝えたい。



田臥勇太(バスケットボール選手)

「後悔する。弱音も吐く。だけど必ず前を向く」


人間生きていれば後悔するし、弱音を吐く。自分自身そうである。

でも、そのまま下を向いたままなのか、顔を上げて進むのか、それが人生の分岐点だと思う。

下を向いたままだったら、またどこかでその事を後悔する。

壁にぶつかった時に自分の進んできた道を振り返って後悔してもいいじゃないか、大事なのはそこまでのプロセスであり、今なんだから。と、ふと思った。



イチロー(野球選手 マリナーズ所属)

「妥協は沢山してきた。自分に負けたこともいっぱいあります。ただ、野球に関してそれがない」


自分の好きな事に関しては精一杯努力することが成功することなんだと思う。さすがイチローだと思う。





もっと書きたいけど、またいつか、、、