ずーっと気になってた方です。健康面で。
リンパ系でないようだったんで、体力さえ持ち直したら、また毒舌聞けるかなって思ってたんですが、
ダメだったですね。
談志さんさげすむ気ないんですけど、どうしても「やっさん」とだぶるんです。異端児ですよね。
やっさんさげすむ気ないんですけど、小生にとって立川談志と横山やすしは両巨頭なんです。
東の談志、なにわのやっさん。
も一つ言えば、春団治の生まれかわり。
み上がり者の憧れでした。
少しづつ年取って、世の中少しづつ見えてきたら、
志ん生さん、永谷園の小さんさん、米朝師匠さすがやな~って思いましたが、
談志さんは落語上手でしたよ。
古典もよう勉強してはったし、のっけにやるボヤキがまた天下逸品。
談志さんは単なる噺家さんじゃなくて、ボクら若者の代弁者って感じでしたよね。
言いたい事言わなあかん。今言わんでいつ言うねん。
落語協会か何んかしらんけど、飛び出して自前でお弟子さん盛りたてたんですよね。
ご自分の主張決して曲げず、おっ師匠さんの小さん師匠の意向にそわなかった。
おっしょうさんに折れたら自身の言うたことなくなってします。
談志さん、絶対小さん師匠に折れたかったと思いますよ。
小さん、志ん生ゆうたら江戸落語の筋ですもんね。
談志さん、ちょっとイメージちゃうけど、あの人後継者でしたよ。
談志さん、折れたかったけど小さん師匠と仲直りしたかったんですよね。
死んでもうたから、もう謝れへん。
談志さん辛かったでしょううね。
前にも言ういましたが、西のやっさん、東の談志。
ちと前の春団治。
それくらいに想とる言うに言えへんヨチゴロ親父は、
立川談志家元にこころより御冥福をお祈りもうしあげます。