『キャリア教育』という言葉があります。
意味はウィキペディア等に譲るとして,やはり5教科の勉強のみを重要視するのではなく,将来働くことを見据えた学習を,早くから実践していく必要があると思います。
今後,日本の人口は減少していきます。
一人一人が最大限の能力を発揮できるような社会にしていかないと,どんどん国力は弱まっていく可能性があります。
どうすべきか。
個人的には,いわゆる「落ちこぼれ」を作らないことが大切になってくるのではないかと思います。

教育現場では,勉強ができずに四苦八苦している子どもが相当数いるという事実があります。
そういった子たちの自己肯定感を十分に養い,能力によって生じてしまう学習面の差をうまくカバーするような制度なり仕組みなりが,比較的早い段階の教育機関で,もっと必要になってくると思います。
「得意を伸ばす」のが大事であるとうたわれていても,実際の入試制度では苦手を作らない者が勝ちやすい仕組みです。
その子の能力や適性に見合った学習指導を進めていければ,進学も就職もしない状態,いわゆるニートに陥ることもだいぶ防げるのではないかと思います。
いろいろな意味で教育面を充実させることが,将来的には経済面へのプラスにつながっていくのではと思います。


日本は他国に比べ,個人の年齢を非常に気にする国です。
儒教思想が根付いているので,年上・年下の概念が重要ということもあるのでしょうが,幼い頃は「いくつになった?」と知り合いや道行く人に尋ねられ,小・中学生になっても,親戚のおじさん・おばさんから,「いくつになった?」と尋ねられます。
社会人になっていろいろな会に参加しても年齢を聞かれることは多く,就職でも結婚でも,あらゆる場面で年齢というものがついてまわってきます。
勉強に関しても,入学に関する年齢規制があり,外国のような飛び級制度は基本的にありません(設けている大学もごく一部あるようですが)。

学校という場は社会の縮図でもあります。
大人社会と同じように,いろいろな人が集まって,行事やその他もろもろの活動を児童・生徒はやれば良いと思うのですが,学習面に関しては,個人個人でその能力は異なるため,もっと柔軟に対応するべきではと思います。
具体的には,年齢によるクラス分けだけではなく,能力別で分けることをもっと積極的にしたら良いと思います。

国語も算数も積み重ねなので,1年生の部分が分からなければ,2年生の部分を理解できません。
にもかかわらず,1年経てば,1年生は2年生に進級します。
そして,理解できない部分がありながら,周りと同じように次の新しい内容に取り組み,また理解できずに終わります。
こういう状況が2~3年続けば,大人でもその勉強は嫌になってしまいます。

小学校や中学校で留年というシステムがある国もあります。
個人的には留年でなく,例えば,ある科目のある項目に関して90%に到達しなければ,次のステップには上がれないようにし,いろいろな学年の子がその項目を学ぶというスタイルの方が良い気がします。
以下,詳述します。

まず,小学校・中学校という区別はなくし,9年間での学びとします。
科目別に,その学年での到達度の目安は設けますが,それをクリアしていなくても,次の学年には上がれます。
例えば,4年生だけれど,算数だけは2学年の内容をやっているという状況です。
逆に,よくできる科目はどんどん進み,国語は4年生なのに6年生の内容をやっているという状況も生まれます。
そして卒業時には,Aさんは国語はA-②の能力,数学はC-③の能力のように,それぞれ自分の能力を把握できるようにします。
中卒で専門学校へ入れるようにもしておいて,9年間の評価を踏まえ,高校で特定の科目の勉強を続けるか,職業に結びつきやすいことを勉強していくかなどを決めて,進学や就職等をします。勉強だけではない選択肢を豊富に用意しておくのです。
15歳なら,ある程度分別もつき,興味関心もそれなりにあり,向き不向き,能力面など,もちろんその先で変わることはあるでしょうが,一定の目安は出来上がると思います。

今の教育制度は,本当に無駄が多いと思います。
できる子は退屈な授業を聞かないといけませんし,できない子は自分の能力以上のことを要求されます。
どちらにとってもストレスフルな状況でしょうから,何とかせねば日本の将来は暗いと思うのは,私だけではないと思います。
私程度の人間が思いつくことなので,他の人でこういう構想を持っている人もいるでしょうし,すでに似たような取り組みをしている国はあるかもしれません。
それか,以前も述べましたが,学校は午前中だけ,行事や種々の活動のみを行い,学習に関することは各自が塾で学ぶ,あるいは放課後の学校を地域に開放し,いろいろな学年の子が学び合い,時には教え合ったりするのも良いと思います。

「言うは易し。行うは難し」というのは百も承知しておりますが,私が政治家,あるいは文科省の役人なら,大学の入試制度改革ではなく,上述したような,小学校・中学校の抜本的な改革を掲げます。
日本は,極端な改革や思想を嫌う傾向があり,それが良いところでもあるのですが,例えば,レジ袋なんかも,1枚1,000円にしたら,おそらくみんなマイバックを持って来るでしょう。

こんなことも考えながら,日々指導に当たっています。