自分がされてきたことを「虐待」と認識したのは、随分後になってからだった。
子供を死なせてしまうような、公になっている「虐待」や、ネットで見られる「虐待体験」よりは私の経験は軽い方だと思う。
だから、今までトラブルもなく仕事もできたし、晩婚だけど結婚もした。
ひどい虐待経験を受けた子供達は、その後、普通に社会生活を送れなくなったり、精神疾患を患ってしまうことも多いだろう。
私は拒食症にはなったが、大学院を出てフリーで仕事して一見優等生に見えたと思う。
ただ中身は自己肯定感が低く、常に何かを頑張っていないと自分には価値がないという変な思考に支配されていた。
結婚して主人という他人と生活しながら、初めて自分の思考が間違っているのだと気づき始めた。
「毒親」という言葉が出てきたり、ネットでいろんな人の意見を目にする機会が増えたのもおかしいと気づくきっかけになった。
私は単に運が悪かった。
今なら精神障害と診断されそうな、著しく自己肯定感の低い母親に育てられ、緊張感でいっぱいの幼少期となった。
私が変な思考で育ったのはその環境のせいだし、私のせいではない。
もちろん、母がそうなったのも母親のせいではない。
だからといって、何もしないわけにはいかない。
この思考のまま今の子育てをすると、自分の子供も思考回路がおかしくなってしまう。
子供は親を、特に母親を見て育つのだ。
表面的に明るく子育てをしても、子供にはバレるだろう。
正直に言うと、私は子育てが怖いのだ。
自分が母親と同じようになってしまわないか。
子供達が将来、私のことを嫌うのではないか。
子供が泣いてしまうと、焦る。私がいい母親じゃない気がして。
子供に我慢させたりすると、不安が襲う。
私が母親としての自分に自信がないからだと思う。
だから、この幼少記は自分を変えるためのスタートなのだ。
自分を客観的に見て、おかしな思考に気づき自分の行動を変えていかなくてはならない。
幼少期に経験したことが、おかしな思考を作っただけなのだ。
誰だって母親に怯えて育ったら、思考回路はおかしくなる。
家事ができなくても、仕事ができなくても、ブサイクでも、太っていても、貧乏でも、
母親が毎日笑顔で楽しく生活していたら、
それがベストな子育てなのだと思う。
私は毎日、不幸な顔をした母親を見て育った。
「バカだから、何もできないから・・・」と自己否定を繰り返す母親に育てられた。
自信たっぷりに世間の目も気にせず、好きなことをしている自分を子供に見せたい。
間違っても、失敗しても、笑って「大丈夫!」って言える母親になりたい。
二人の娘たち、かあちゃん頑張るからね。
それがあなたたちに残せる、一番の私の仕事だ。
次のステップでは、「母親との関係」を記録していこうと思う。
