結構あるあるの話だと思うが、父はマイホーム購入後すぐに東京への単身赴任が決まった。

3年間の任期付。


昔からお父さんっ子だったし、話を聴いた瞬間、めちゃくちゃ泣いた。嫌だ嫌だと泣いた。

と同時に、父の前では母の虐待はなかったから、これからどうなるのだろうと絶望した。


引っ越し後、比較的すぐに単身赴任が決まったので、虐待が増えたのか減ったのか定かではないが、

小学校低学年の頃、父親がいなかったから私は更に怯えて生活するようになった。


母親はフルタイムで仕事をしていた。

夕食がほか弁だったり、外食だったりもしょっちゅうだった。

父がいないから、母親的にも全然アリだったのだろう。

冷凍のグラタンを温めて食べるとかしていた。


こうやって書いてみると、母親ってほぼ料理してなかったのかな。

母親自身、料理は嫌いだったようだ。


洗濯物畳むのも私達の仕事だった。

食器洗いもさせられてたような気がする。

休日はいつも掃除の手伝いだった。


母親は事務の仕事をしていた。

残業もあったのだろうが、料理がなかったら家事は随分楽なんじゃ??しかも私達手伝ってたし...

ま、こだわれば家事にはどこまでも時間がかかるけど。


子育て中の私からすると、主人がいないと家事、特に料理がだいぶ楽になる気がするんだけどな。

疲れてたら、うどんとかそうめんで済ますし、片付けも楽チン。イライラするとこないんだけど...


まだ手のかかる1歳児と3歳児のママである私だけど、日々の生活の中で子供にイライラすることはほとんどない。

だから、小学校低学年の育児中でなぜそんなにイライラしてたのか、さっぱり理解できない。

ましてや、小さい頃から、恐怖で支配されていたから、イタズラ大好きとかそんな子供達ではなかった。どちらかと言うと、大人しく言うこと聞く子供だったはずだ。




と、ここまで書いて

....思った。


母親は普通じゃなかった。病気だった。

間欠性爆発性障害という病気あるいは障害持ち。


普通ベースで考えてはいけないんだよね。

そういう障害がある人間だから、多くのママがやってる育児をまともにできるはずがない。

自分の中にこもった感情を爆発させることでしか、自分を保てなかったんだね。