小学で野球に取り憑かれた後は、野球しかしませんでした。そして初心者ながら中1でレギュラーになれたのです。先輩を差し置いて同級生がベンチにいる中、出られたのは気持ちが良かったです。たまにスタメンから外されると悔しい思いをしたのでその度に、気合を入れ、毎日、朝練、そして練習が終わり暗くなっても一人で最後まで残って練習していました。「プロ野球選手になるんだ!プロになるには最低でもこの中で1番上手くならないとダメだ。1番上手くなるには1番練習しないとなれない」そう思い一生懸命にやっていました。
そして1年が過ぎ中学にも慣れてきたある日、ある私が勉強するきっかけを与えてくれた出来事が起きました。
私は普通の田舎の公立中学でしたので、勉強できる奴、バカな奴、不良の奴、バラバラな人たちでした。
私の担任の先生がたまたま野球部の監督でした。
もちろん野球しかやっていないこと、勉強を全くしていないことも知っていましたが彼はそれまで何も言いませんでした。
中1の後期が終わる頃、通知表を渡され進路相談がありました。
担任から
「おまえ、野球頑張ってるのは分かる。高校でも野球やるんでしょ?でもこのままだったらアホすぎて高校いけないよ。」
そう言われました。
ものすごくショックでした。
高校いけないのはどうでもよかったのですが、【野球ができない」と言われたことがものすごくショックでした。
帰ってきた通知表をみると
国語:2,英語:2,社会理科:2,数学:1...
1??
え?1ってあるの?笑
僕らからしたら1は不登校の人くらいしかついてなくて、学校に行ってたらどんなにバカでもテストが一桁でも2はついてました。もちろん宿題もやってません。が野球をやるために学校はいってました。
同じレベルの友達でも2がついていて焦りました。
理由は今でも分かりませんが…。
「あの数学の山田ふざけやがって!!」
仲は悪かったので喧嘩はしょっちゅうしてました、でもそれが原因ではないと思います。
しかしそれが勉強するキッカケになったので今では1で良かったとそう思います。