夏休みも終わりに近づいた頃、久しぶりに前のアルバイト先の事務所を訪問しました。とりあえず就職も決まったので、すっかり気分はリラックスしていました。
その会社は、池袋の東口にありました。業種は、大手教材メーカーの通信教育機器を各家庭に伺って販売する、いわゆる「訪問販売業」でした。商品自体は平均的な学力を持つ子供向けに作られた、良心的なものだったのですが、いかんせん外回りの営業です。なかなか初対面では各家庭のお母さん方も警戒して話を聞いてくれません。
この商売、1に笑顔、2に愛嬌、3、4がなくて5に度胸、てな具合で販売員のトータル的な印象度が大きく営業実績に影響します。
さいわい私は、それなりに話を合わせるのが苦手な方ではなかったので、そこそこ商品を買っていただくことができました。
また、基本的に歩合給制だったので、たくさん売れれば、それだけ収入を得ることが可能でした。学生の身分ながら、売れ行きのよいときには1ヶ月で30万円以上の収入を得ることも夢ではなかったのです。
そこの社長さんは、私より10歳近く上の方だったのですが、なにせバイタリティが凄く、ずいぶんと刺激を受けました。また、仕事や日常生活の面でも色々と相談に乗ってもらったこともあり、当時、私にとっての人生の師とも言える存在でした。
当時社長さんから教わり、今でも一番心に残っている言葉があります。
「人は思う人になれる。」
私は、その後の生活で様々な壁にぶつかった時、必ずこの言葉を思い出しました。そしてこれからも、私の座右の銘であることに変わりはありません。
「やあ柴ちゃん。お久しぶりっこ!」
あいかわらずです。
「ご無沙汰してます。実は先日、内定が決まりました。そのご報告がてら、よってみたんですけど…」
「そう。おめでとさん。ところで柴ちゃんさ、前に言ってた公認会計士の受験はどうするの?」
「それなんですが、まずは仕事をしながら1日2~3時間ぐらい勉強して様子を見、日商1級を取るぐらいまでに本格的な受験生活に入るかどうか決めようかと思っています。」
「あっそう。そういうやり方もあるんだろうけど…」
「仕事との両立はやっぱり難しいでしょうか?」
社長はすこし考え込むような仕草を見せました。
「そうねえ。やってやれないことはないんだろうけど…でも、保険会社も普段はずいぶん忙しいって聞くし、酒の付き合いもあるだろうし。柴ちゃん、酒は全然ダメだったよね。」
「ええ。」
「まあ。優良企業に就職が決まったんだから、そのままずっとお世話になるのならそれでもいいんじゃない?」
「そうですね。そういう選択も残しておけますもんね。だから、受験勉強とのバランスをとりつつ、将来のことを考えてみます。」
「でも、柴ちゃんにそんな器用なことは無理だと思うな。」
「え?どういうことですか?」
「ここでの仕事のやり方を見ていると、柴ちゃんは一つのことに入り込むタイプだから、会社の仕事にいったんはいったら、そっちの方に傾斜する可能性がとても高いってこと。つまり、両立は現実問題としてよほどの覚悟が必要になるけど、難しいってことさね。」
社長の言うとおりでした。
あと半年も経てば卒業です。公認会計士試験を目指すには、本来、生活の大部分をそちらに優先させるべきなのに、私は逃げ道を用意している。社長の言葉の端々から、そんなニュアンスさえ伝わってきました。
「やはり、将来的には独立できる資格を取りたいです。だから、もう少し時間をかけて、ゆっくり考えてみます。」
そう言って、その日は事務所を後にしました。
やはり、仕事をしながら大型資格を取るのは難しいのでしょうか。しかし、仕事をせずに受験一色の生活を始めるには、合格の保証がないだけに、かなりの勇気がいります。
また、私を推薦してくれたOBの方々への手前もあります。
「しばらくは眠れない日々が続くな…」
まだまだ、前途は多難です。
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」です。