おれは還暦過ぎのじじいである。
仕事はまだしているが
仕事人生もそう長くはないだろう

それどころか、自分の生い先もそう長いことでもないと自覚している。

こういう年齢となると急に昔のことが思い出される。

楽しかった大学生時代の旧友。

ここではX君としておく。

彼とは大学生時代、特に仲が良く、楽しい経験を共有していた。

大学卒業後、まだ20代のころは会う機会もあったが

30代となるとお互い忙しくなり

会うこともなく交流も途絶えてしまった。

これは僕だけではなく恐らくみなさんもこんなものだと思います。

それから30年が過ぎておれも還暦を過ぎてしまった。

おれはどうしても死ぬまえに彼と会いたかった、そして話をしたかった。

昨年の某月、大学でイベントがあった。

いつもは大学には行かないのだが(用もないしね)

そのイベントに行くと彼に会えそうな気がして。

偶然にも彼もそこにいて会って話をすることができた。

そのときの僕と彼のやりとりを多少脚色して、さらにおれの思いの丈は「英訳」してお届けする。

X:「おー、おまえー、同窓会にも出てこないで今までどうしてたんだよー」
私:「おれたち、もう先が少ないじゃん。」
"And now,the end is near And so I face the final curtain"
「X君、はっきり言う。確信を持って言う。おれは充実した人生を送ってきた。」
”My friend,I"say it clear,I"ll state my case ,of which I'm certain.
I've lived a life that's full"
「苦労が多くてなー、でも、そんなことよりも」
”I travelled each and every highway,And more,much more than this"
「おれの人生はおれなりのやり方で切り開いてきたのだ」
”I did it my way.”

洋楽の好きな人ならもうお分かりだろう。でも、本当にこういう会話がなされたのだ。



それまでおれは私の道を歩んできた、という意味だと思っていた。

でも、フランクシナトラさんは

”I did my way." ではなく "I did it my way." と歌っている。

おれのヒヤリング力でも"it"は入っているよね。

高校生時代の「受検英語」と「伊藤和夫師の英文解釈の知識」を総動員すると

I /did/it/my way のmy wayはdid にかかっている。

my wayは名詞ではなく、副詞と解釈すべきで it=my way

I did my way my way. か。

I did my wayならただ私の道を歩んだ、かもしれんがな。

これはおれの解釈だから正しいかどうかは知らない。でも、おれはこう思ったのだ、彼と30年振りに再会して。残りの人生が少なくなった今。人生の最終コーナーで。