僕の外国語学習実験 多読
中国語の学習初期のころ、漢字だから読むのもなんとかなるのだろう、と
勘違いしていた僕は無謀にも中国語の多読に挑んだ。それは中国語新聞の購読。
勘違いしていた僕は無謀にも中国語の多読に挑んだ。それは中国語新聞の購読。
そのころ、駅で中国語の新聞が売っていた。それを買って見てみた。そうしたら。
漢字と写真で意味がとれるところは取れるのだけれども、分からないところは分からない。
分からないので読み飛ばしているだけ。これで効果はあったのか。たいしてなかっただろうな。
漢字と写真で意味がとれるところは取れるのだけれども、分からないところは分からない。
分からないので読み飛ばしているだけ。これで効果はあったのか。たいしてなかっただろうな。
そういえば伊藤和夫先生は、多読は意味が8割方わかる本でやりなさい、とおっしゃられていたっけ。
先人の言うことは聞いとくもんだな。
先人の言うことは聞いとくもんだな。
そのうち中国語新聞の駅売りはなくなってしまったのでこの学習法は自然消滅した。
これを書いていて思いだした。たしか中学生のころ、夏休みの推薦図書でこの洋書を勧められたので買って読もうと試みた。

読み始めたんだけれども分からなかったんだよね。何で授業うけているのに分からなかったのか不思議だった。
自分には難しかった、と今では思うが。
あのころ、何で英語って、こうも分からないんだろう?と思っていた。成績は良かったが。