Катюша 1938年作
作曲: M.ブランテル (Блантер, Матвей Исаакович)
作詞: M.イサコフスキー (Исаковский, Михаил Васильевич)
作詞: M.イサコフスキー (Исаковский, Михаил Васильевич)
1938年というと全然民謡じゃないじゃない。なんで女性兵士が歌っているのか。
ではその歌詞を。
林檎と梨の木が咲き誇っていた
霧が川面に立ち込めていた
カチューシャは川岸に歩み出た
高い、険しい川岸に
歩み出て、その娘は歌い始めた
ステップ草原の薄墨色の鷲のことを
彼女が深く愛したあの人のことを
大切な手紙をくれたあの人のことを
ああ、歌よ、少女の歌よ
澄んだ太陽を追って飛べ
そして遠い国境にいる兵士の元へ
カチューシャの想いを伝えて
Время тогда было тревожное. Мы как бы уже предчувствовали войну, хотя и не знали точно, когда и откуда она может прийти. Впрочем, мы не только предчувствовали, что война будет, но в известной мере уже переживали ее: ведь в 1938 году еще пылало пламя войны в Испании; в том же году Красная Армия вынуждена была вести и вела тяжелые бои с японскими самураями у озера Хасан: не очень спокойно было и на западных наших границах.
当時は不穏な時代であった。それがいつ、どこから来るかは分からなかったが、
我々はすでに戦争を予感していた。否、戦争が起こるという予感だけではない、
我々はすでにある程度戦争を体験してきていたのだ。
1938年になってもスペインでの戦火はくすぶり続けていた。
同年には赤軍が日本のサムライ達と大規模な戦闘をせざるを得なくなり、事実戦闘を行った。
西方の国境もまた、平穏とはいえなかった。
我々はすでに戦争を予感していた。否、戦争が起こるという予感だけではない、
我々はすでにある程度戦争を体験してきていたのだ。
1938年になってもスペインでの戦火はくすぶり続けていた。
同年には赤軍が日本のサムライ達と大規模な戦闘をせざるを得なくなり、事実戦闘を行った。
西方の国境もまた、平穏とはいえなかった。
По этим причинам тема родины, тема защиты ее от посягательств врага была темой самой важной, самой первостепенной, и я, конечно, никак не мог пройти мимо нее даже в лирической песне.
そのため祖国という、そして敵の侵略からの祖国の防衛というテーマは最も重要な、
何にも優先するものであり、もちろん私も、たとえ抒情歌の中といえどもそれを避けて通ることは
決してできなかったのだ
何にも優先するものであり、もちろん私も、たとえ抒情歌の中といえどもそれを避けて通ることは
決してできなかったのだ
と作詞者。
これが日本に来ると
原語に当たってみなければ分かりませんね。