英語、外国語を習得する上で文法を学ぶことは絶対必要なことで、一通りのことは学習しなくてはいけない。
英文法を知ることで、その英語の文の意味を正しく理解することができ、文法的に正しく書くこともできる。
だけれども英文法論議に深入りしてはいけない。それはなぜか。
 まず学校で習う英文法の理屈ってだれが書いたものでしょうかね。アメリカ人でしょうかね。そんなわけないですね。いにしえの日本人ですよね、きっと明治時代の。自分が理解しやすいように「こじつけ」でつけた理屈ですよ。つまり日本人が考えた理屈であって、この理屈が実際の英文を支配しているわけではない。
ヤフー知恵袋を見ると、「自分の文章をネイティブスピーカーに添削してもらったらこのように直された。でも文法的にはこうこうこうだから自分の英作文の方が正しいはずだ。なぜだか教えてくれ」みたいな質問が多い。
この人は日本人が考えた英文法が万能と考えているのです。英文法の理屈なんて自分が理解しがたい英文を理解しやすいように日本人が考えた方便にすぎない。なので万能なんかではありえない。
 文法より大事なこと、それは実際にそういう言い方をするのか、しないのか、ということ。
文法的にいくら正しくても、ネイティブスピーカーがそう言わないのならその文章は間違っている。逆に
文法的に間違っていてもネイティブスピーカーがそういうのならその文は正しい。
 
英文法が万能だと盲信しているひとが頭の中だけで英作文を行うと見事に通じない英語が出来上がる。
実際にそーゆーかどうか、それが問題だ。