遥か四半世紀前から心に秘めている英語の疑問がある。ちょうどそのことのコメントが書かれたのでそのことについて書いてみたい。それはなぜ日本人が書いた英文はすらすら読めるか、ということである。
 僕が大学を卒業し、自分の分野のアメリカの英語の論文、日本人研究者の書いた日本語の論文、日本人研究者の書いた英語(とされる)論文をまだ読んでいたころの話です。
①だいたい英文を読んでいるとそのうちの何割かは「こういうことが書かれてあるのかなー?」
という表現がある。但し知識のバックグランドがあるため内容は分かる。ところが
②日本人研究者の書いた英語(?)論文にはそれが無い!100%わかる!
ということはこれは英語では絶対にない!と確信。だけれども僕の拙い英語力ではどこを
どう添削すればよいかも分からず、1年目の男が「その英語おかしいですよ」と言うのも
おこがましく、「だったら良いように直してみろよ」と言われてもできないので、そのまま心に
秘めたまま、論文の世界とも英語の世界とも離れてしまいました。
 再び英語の興味を呼び起こされたのはそれから20年後、アメリカの大学を卒業した日本人の
友人の英文を目にした時でした。その英文にはなんと、ちゃんと
「ここはこういうことが書かれてあるのかなー?」という表現が何割か織こめられて
いたのです。「おー、これが本場の英語だよー」と感動。彼の英文には日本語が100%排除されて
あったのでした。本当に使われている英語表現しか書かれていない。
 それから再び日本人の書いた英語(?)論文を精査してみたら
日本語の単語がそのまま英単語に置き換わって、その英単語の順序が英語風に並べ替えて
あるだけだったのです。(だからすらすら読める!)
 日本語の発想で本当の英文を書くことはできませんね。