英語学習者が正しく理解しているかどうかを第三者に示すには、両者が共に分かるツールが必要となる。それが日本語であろう。
伊藤和夫先生は言う。
「英語と対象の間に既習の言語である日本語を介在させることは、その方法を誤らなければ学習の便法であり捷径である。」
「人は鏡にうつさなければ自分の顔を知ることはできない。」その鏡が日本語というわけだ。
 
学習者が間違った意味にとっていたとする。それを発見したり直したりする手段は何が考えられるか。英語でそれができるか。無理であろう、日本語でなければ。
 
なので日本人にDirect Methodで教えるのはちょっと、となる。