そのイギリス人のジェントルマンは雨でもないのにいつも傘を片手に持って教室に現れた。それがイギリス人の習慣だと頭では分かっていてもとても奇異に感じられた。
授業はとても緊張感にあふれるものであった。といって先生がきびしかったわけではない。とてもユーモアあふれるやさしい先生でした。ただ本物の英語遣いを前にして勝手に緊張していた。
授業はイギリス人だからといって英語でなされたわけではなく流暢な日本語で行われた。先生がお選びになられたイギリスの洋書を先生が読み上げられ、それを僕らが日本語に訳す、そしてそれを先生が直す、というスタイル。外国人に日本語を直されるというのもかなり不思議に思われたが間違っているのだからしかたがない。
あるとき先生がある単語を発音され、その意味をいうことが求められた。先生はおっしゃって。「トラボー」「ん?」
「トラボー」 そのときぼくは果たして先生はtrouble とおっしゃられたのかtravelとおっしゃられたのか分からなかった。当然意味は分かっている。どっちなんだろうと口ごもっていたらせんせいは「意味しらべといてね」
その後うやむやとなり卒業してしまった。あれから30年近くたつ。今でも思う。あの時先生はどちらを発音されたのだろう。とても心残りだ。
そういえば同級生にその後外務省に進んだ者がいた。このイギリス人の先生が大きく影響を与えたのかもしれない。