ルソオは「懺悔録」でただおのれの実生活を描こうと思ったのでもなければ、もしてこれを巧みに表現しようと苦しんだのでもないのであって、彼を駈り立てたものは( )における( )というものの持つ意味であり、ひいては( )における( )の位置に関する熱烈な思想である。大事なのは「懺悔録」が私小説と言えるかどうかという事ではなく、彼の思想はたとえ彼の口から語られなくても、彼の口真似はしなかったにせよ、ゲエテにも、セナンクウルにも、コンスタンにも滲み込んでいたという事だ。彼などの私小説の主人公などがどのようにおのれの実生活的意味を疑っているにせよ、作者などの頭には個人と自然や社会との確然たる対決が存したのである。つづいて現れた自然主義小説家たちはみな、かかる対決に関して思想上の訓練を経た人達だ。

 わが国の自然主義文学の運動が、すでに独特な私小説を育て上げるに至ったのは、もちろん日本人の気質というような主観的原因のみにあるのではない。何を置いても先ず、西欧に私小説が生まれた外的事情がわが国になかった事による。(ア)自然主義文学は輸入されたが、この文学の背景たる実証主義思想を育てるためには、わが国の近代的市民社会は狭隘であったのみならず、要らない古い肥料が多すぎたのである。(イ)わが国の作家たちは西欧の思想を育てる充分な社会条件を持っていなっかたが、長く強い文学の伝統は持っていた。作家たちが見事な文学の伝統的技法のうちに生きていた時、育つ地盤のない外来思想に作家などを動かす力はなっかたのである。

 (ウ)完成された審美観に生きている作家などにとって、新しい思想を技法のうちに解消する事より楽しいことはない、また、自然なことはない。わが国の自然主義作家たちは、この楽しい自然な仕事を最も安全に遂行できる立場に置かれていた。誤解してはならない、安全にとは無論文学の理論ないし実践上安全にという意味であって、彼などの実生活が安全であったというのではない。(エ)「今までは私は天ばかり見てあこがれていた。地のことを知らなかった。全く知らなかった。浅薄なるアイデアリストよ、今よりおれ地上の子たらん、獣のごとく地を這うことをいさぎよしとせん、徒に天上の星を望むものたらんよりは…」と田山花袋は、モオパッサンの短編集に目覚めたときに書いた。モオパッサンの何が花袋を目覚めましたのか。モオパッサンの悲惨な生涯でもなかったし、その作者の絶望でもなかった。彼の天上を眺めず地上を環視する斬新な技法が花袋を酔わしたのである。



サーチ「懺悔録」:フランスのルソオ(17121778)の自伝。「告白」ともいう。

サーチ口真似(くちまね):他人の話し方や声音を真似ること。

サーチゲエテにも、セナンクウルにも、コンスタンにも:ゲエテもセナンクウルもコンスタンもルソオも私小説家。

サーチかかる:連体詞。こんな、このような;はなはだしい、ひどい。

サーチアイデアリスト:理想主義的な人。

サーチたらん:連語。であろう。

サーチいさぎよしとせん:自分の誇りや良心が許さない。

サーチモオパッサン:フランスの小説家。自然主義の代表作家の一人。



はてなマーク1( )~( )に入る最もな言葉の組み合わせを選びなさいい。

1. 社会  人間  自然  個人

2. 自然  個人  社会  人間

3. 社会  個人  自然  人間

4. 自然  人間  社会  個人


はてなマーク2「だから彼などにとって、実証主義思想に殉し、『他』を描いて『自』に徹するという仕事は、決して異常な希有な仕事ではなかったのである」という文をこの文章の(ア)~(エ)のどこに挿入すればよいか

1.ア      2.イ      3.ウ      4.


はてなマーク3「西欧に私小説が生まれた外的事情」とは、どのようなことか。

1.新しい思想を育てる地盤と、それに酔える条件があったという事情。

2.伝統に生きる作家たちを科学思想が動かしたという事情。

3.実証主義思想に殉じる仕事が自己確立につながったという事情。

4.天上を眺めず、地上を直視する立場があったという事情。


はてなマーク4「地上の子」との意味は何か。

1.古典主義   2.自然主義   3.啓蒙主義   4.実証主義


はてなマーク5日本の自然主義文学輸入の特徴として、最も適当なものを一つ選びなさい。

1.実生活的意義を疑い、自然や会社と対決した。

2.実証主義思想を技法のうちに解消した。

3.科学主義を文学の思想のうちに生かした。

4.あらゆるものを科学によって計量し利用した。



チョッパー聴力の練習ⅠとⅡは今回の読書会で聞かないので、自分でやってください。今回の読書会は復習しようと思っています。私はネットをサーフィンして、歴代試験問題を捜し、皆にプリントしてあげて、一緒にやりましょう。あたしンち