こんばんは!土曜日担当の晴日です。
今日はアジア学の授業で触れた内容で面白かったものを紹介しようと思います。
今学期取っているアジア学の授業では、度々「オーストラリアにとってのアジアという地域」ということが取り上げられています。
オーストラリアはアジアの一員なの?というのは様々な場で取り上げられているトピックで、地理的、政治的、経済的、文化的にみても実に色々な解釈があります。
そもそもアジアという地域の定義自体、定まったものはありません。
もともと「アジア」という言葉はローマから見て東方を意味するもので、明確な地域に与えられた言葉ではなく、現在でも場によって定義はバラバラです。
アジアをどのように定義するのかという事は置いておいて、オーストラリアに住んでいると他の西洋の国々と大きく違うことの一つに、アジアの存在感が挙げられると思います。
メルボルンのチャイナタウン
古くからアジアを政治的、経済的にとても重要な地域として認識していたオーストラリアですが、その態度はいつも好意的なものではありませんでした。
最近では、現在one nationという極右な党の党首を務めるポーリンハンソンが、1996年に「このままではオーストラリアはアジア人に飲み込まれてしまう」という主旨のスピーチをしました。アジア通貨危機などでアジア人の移民が今まで以上に増えていたという背景で、このような排他的な態度は比較的多くの支持を集めました。
未だにこう言った態度を持つ人はいるのですが、私が住んでいるシティエリアや大学の近くにはほとんど見ないのと、今はこういった非難の的がイスラム教の国々に変わってきているように感じます。
それに特に他の地域から隔離されているオーストラリアにとって、アジアは切ろうとしても切れない、そして無視ができないつながりと重要性があります。2010年に首相に就任したジュリアギラード政権は「私たちはAsian Centuryに生きている」と演説をしました。(Asian Centuryは'アジアの時代'というような意味で使われたのだと思います。)経済、政治的な国同士での政策の変化だけでなく、オーストラリアの生徒に4つのアジアの言語(日本語、中国語、ヒンドゥー語、インドネシア語)から学べるようなったりと、かなり多面でアジアを意識した政策になりました。
アジアからの移民がどんどん増えていく中、オーストラリアも内側から受け入れる体制を整えて、国のアイデンティティを時代とともに再定義し続けている事がよくわかります。
東南アジアのフュージョン料理
現在でもこういった政策は続いていて、移民に対する無償の英語や資格・免許の講座もあると聞きました。こういった講座は夜間にもあったり、オンラインであったりと色々なニーズに合わせて種類が豊富にあるそうです。ただ受け入れるだけでなく、移民が生活に溶けこみ、自分たちで生活ができるよう根本的に支援をする。もちろん実際には完璧にできていない部分もあると思いますが、ここまで多様性がありながら治安がいいとされるのには政府の努力があるんですね。
…と、アジアとオーストラリアの関係という、とても興味のある分野だったのでとても長く書いてしまいました。欧米の国に住んだ事がないのであまり比較はできませんが、少しでもオーストラリアのユニークさがわかっていただければ嬉しいです!
それではまた来週。😊









