3時間1分。瞬間英作文のみ。少し前に買っておいた『スラスラ話すための瞬間英作文シャッフルトレーニング』森沢 洋介を始めた。シャッフルされた文型の日本語文を英語に訳していく。『Data Base』の時にはほとんどなかった疑問文も多く含まれていて、とても良い頭への負荷となりそうだ。年内に一周したい。と同時に今までの復習も並行していこう。

学習の対象としての英語から、使う・楽しむためのものとして移行して行きたいので、少しずつネットで英語のページを読むようにしている。主にTwitterなどで知った面白そうなページをその都度お気に入りに入れておいてたまに覗いているのだが、下のリンクはそのブログのひとつの記事で今日読んだものだ。短期間でいくつもの言葉を覚えていっているという方のページだ。

『How to make time if you are too busy』

そんなにたくさんの外国語をいつ勉強しているのか、といつも聞かれるというブログ主がその質問に答える形となった文章だ。細切れの時間を上手く活用しているようで、これを読んで自分ももっと時間を活用しなければと思った。

先日読んだ『言葉が足りないとサルになる』岡田憲治 の中に国語教育について述べた文があった。内田樹の論をひいてかかれているのだが、今の教育では「心の中にあるさまざまな思い」を「いま知っている言葉で表現してみましょう」と導いて言語表現能力を向上させようとしている。それが無意味とは言わないまでも、逆のプロセスでおこなってみてはどうか、というものだ。意味を完全日本理解出来なくても、とにかく大量の言葉を頭に詰め込み、その生徒が成長と共に「ああ、あのとき頭に入れたあの言葉はこういう意味なのか」と遡及的に気付くことの大切さを主張している。つまり、「思い」を「言葉」へ昇華させるのではなく、「言葉」が人間の心や誠心を「形成させる」という、いま成されている順序とは反対のやり方だ。

”豊饒な表現ができるようになるために、とにかく洪水のような「気持ちの言語表現」に触れることが大切ではないでしょうか。「そこはかとなく漂う寂寥感」とか、「後ろ髪を引かれるような気持ち」とか、「忸怩たる思い」、「頂門の一針を受けたような衝撃」といった表現を、「はい、黙って覚えようね!」とやることではないかと思うわけです。”(前掲書 p.112~113)

と、丸暗記の効用を説いている。幼い頃に意味もわからずに漢文の素読をさせられ、何度もするうちに頭に入ってしまい、成人後にようやくその意味するところがわかった、とする教養人は多い。何もこれは、国語についてだけではなく、外国語を学ぶ際の態度についても同様の事が言えるのではないかと感じたのだ。

外国語学習は経済学になぞらえることができる。どちらも少ない資源をいかに有効活用するかが重要なのだ。つまり、少ない語彙でいかに多くのことを表現できるかということだ。単語学習のみに時間を割く必要はなく、未知の単語に出会ったときに初めてそれを調べて行けばよい、頻度の高いものは覚えようとしなくとも何度の出てくる事で自然と頭に入ってしまう。まだ現れてもいない数限りない無数の単語を覚えることに時間をかけるのは無駄である、とする考え方もある。

確かにそうだとも自分も思っていた。出会ってもいないし、表現しようとも思っていない単語や言い回しを時間をかけて先回りして覚えるよりは、読む文章に出てきた時に、あるいはある表現をしたい時に調べて使えばいいのでは、と。頻度の高いものは何度も現れるわけだし、使いそうもないこと覚え続けても時間がかかるだけだ、と。

けれどこの部分を読んで、そうとも言えないなと考えるようになった。あらかじめ様々な表現や単語を頭にのなかに入れておくのだ。そう「はい、黙って覚えようね!」と自分に言い聞かせて。やはりオーソドックスに、こつこつとその言葉の世界での既知の部分を広げていくことが、言葉の獲得という事になるのだろう。

さて、今日はiTunesで『ソルト』をレンタルしてみた。二日間は何度でも観られるとのこと。カーチェイスや格闘シーンも迫力があり、ストーリーもどんでん返しが続いて面白かった。英語も聴き取れる部分がある程度あって、その意味でも楽しめた。もう一回くらい観られるだろうから、その時は字幕を見ないようにして(消すことが出来ないので)英語に集中して観てみたい。先日購入した『インセプション』も二回目を観ているところだ。これも、映像が奇抜でとても驚かされる。いい買い物をした。