1500年代土佐の「本命」は断トツで一条氏。荘園支配という旧システムの代表。
「対抗」は新興勢力の本山氏。警察・司法に加え、自らの為の徴税を始めた戦国大名。
「大穴」が長宗我部氏。地元採用の支店長ながら「一領具足」という徴兵制度を創設。
牛馬扱いだった農民に「人権」を認め、親会社を乗っ取る。創業者一族の世襲社長とは
異なり、1000年続いた雇用制度を変革。その一方で、居心地の良すぎる「安芸平野」の
安芸氏が終始脇役のまま滅びたのは必然であろう。
安芸という土地は室町時代には幕府に頼り、応仁の乱以降は幡多の一条氏に尻尾を振る。
長宗我部が怖くなれば城主の首を差し出し、山内時代においては藩の海上輸送基地。
岩崎弥太郎が後藤象二郎の腰巾着として甘い汁を啜い続ける様は象徴的である。
安芸平野に朝日が昇り、、、
夕日が沈む、、、。
ハウス野菜が1日分成長する以外、何も変わらない安芸の1日。
先ずは岩崎弥太郎生家へ。駅から3km程?無料のレンタサイクルもあるらしいが、
癌患者なのでタクシーで向かう。帰りの足も無いので駐車場で待ってもらうが、
親切な運転手さんでメーターを止め、案内してくれる。
ドラマなどでは「超貧乏」との事であるが、この辺りではまあまあ裕福な家柄らしい。
実家の裏山は昔から通称「岩崎山」と呼ばれ、郷士株は売ったものの庄屋に近い感じ?
石碑と母屋の屋根は追加されたモノだが、それ以外はだいたい昔のまんま、との事。
(タクシーの運チャンが近所のおばちゃんに聞いた情報、、)
岩崎家の旧家紋。菱を3つ重ねたデザイン。大河ドラマの「龍馬伝」では、新聞記者の
インタビューを受ける岩崎弥太郎の服にもこの家紋が入っている。、、なかなか細かい。
運チャン曰く「この辺りの本当に貧乏な家には家紋なんて無いです、、」。、、だよね。
後世に追加された屋根には新型の三菱マークが入っている。岩崎家の家紋と土佐藩の
三つ葉マークを組み合わせたものらしい。いわば「政・官・業の癒着」の元祖。
室内の様子。
庭石。日本列島をかたどっており、写真左が北海道、右が九州、手前が佐渡島。
再びタクシーで武家屋敷付近まで乗せてもらう。30分くらいガイドをしてもらい、
料金は880円くらい?。お礼の意味も込めて2000円渡す。色々話が聞けて楽しかった。
武家屋敷といっても質素な造り。垣根も何とか?いう竹の様な生け垣。
ちょっと偉いさんの家はこのくらいの壁。でも「隣の家の話し声が聞こえる」つつましさ。
安芸城の堀。近所の幼稚園児が鯉のエサやり。
正門。江戸時代になると一国一城令の為「城ではなく土居」と言い張る。
安芸城内の紅葉。戦国時代にこれだけ脆弱な城も珍しい。江戸期には完全に町役場。
安芸市立歴史民族資料館。手前は「毒井戸」が保存。
山内一豊の左ほほ骨から右奥歯まで貫通したという矢じり。引っこ抜いた五藤氏の家宝。
真偽の程はともかく、我々が知っている「スポーツ用品」とは異なり、完全に「凶器」。
本気で人を殺そうという「殺意」のオーラに満ちている。
弓の名手といわれた三段崎勘右衛門がどういう矢を用いたのか気になり20分くらいガン見。
矢じりの最大径10mm以上?、長さ170~180mm?、質量50~60g?とすると矢全体では~200g?。
シャフトは抜ける構造、筋肉であれ骨であれ、これが刺さると恐らく工具が無いと抜けない。
初速はかなり遅めでも150km/hくらい?硬球ボールより重い鉄の矢が顔に直撃?死なない
としても確実に重体。「刺さったまま闘った」というのは私の中では完全にウソと認定。
お笑い黒田に「骨折させられた」とウソの供述をしたガールズバーの店長と同程度の狂言?
資料館の展示パネル。古代からの説明文が並ぶ。山内家の政策キーワードは、
「農奴制の復活」と「身分差別」。土佐においても「暗黒の260年」が始まる。
阪神タイガースの安芸キャンプの紹介コーナーまである。素晴らしい。
村山、田淵、江夏らの往年の姿や水洗トイレの設置時期まで記録・展示されている。
武家屋敷から少し市内よりにある「野良時計」。農作業用の時報を発信。
野良時計の解説。近くにカフェがあるが今日は休み。
市内まで、まだ2kmくらい有るので、帰りはバスに乗ってみる。市内循環の小さいバス。
高齢化社会で病院を集約化するとき、こういったきめ細かいバス運行は必須かも。
しょうがないので駅前で名物?ちりめん丼。高知滞在中唯一の失敗。
良く見ると地元客は皆ラーメンやカレー。これを頼んだのは私一人。くっそ。
「対抗」は新興勢力の本山氏。警察・司法に加え、自らの為の徴税を始めた戦国大名。
「大穴」が長宗我部氏。地元採用の支店長ながら「一領具足」という徴兵制度を創設。
牛馬扱いだった農民に「人権」を認め、親会社を乗っ取る。創業者一族の世襲社長とは
異なり、1000年続いた雇用制度を変革。その一方で、居心地の良すぎる「安芸平野」の
安芸氏が終始脇役のまま滅びたのは必然であろう。
安芸という土地は室町時代には幕府に頼り、応仁の乱以降は幡多の一条氏に尻尾を振る。
長宗我部が怖くなれば城主の首を差し出し、山内時代においては藩の海上輸送基地。
岩崎弥太郎が後藤象二郎の腰巾着として甘い汁を啜い続ける様は象徴的である。
安芸平野に朝日が昇り、、、
夕日が沈む、、、。
ハウス野菜が1日分成長する以外、何も変わらない安芸の1日。
先ずは岩崎弥太郎生家へ。駅から3km程?無料のレンタサイクルもあるらしいが、
癌患者なのでタクシーで向かう。帰りの足も無いので駐車場で待ってもらうが、
親切な運転手さんでメーターを止め、案内してくれる。
ドラマなどでは「超貧乏」との事であるが、この辺りではまあまあ裕福な家柄らしい。
実家の裏山は昔から通称「岩崎山」と呼ばれ、郷士株は売ったものの庄屋に近い感じ?
石碑と母屋の屋根は追加されたモノだが、それ以外はだいたい昔のまんま、との事。
(タクシーの運チャンが近所のおばちゃんに聞いた情報、、)
岩崎家の旧家紋。菱を3つ重ねたデザイン。大河ドラマの「龍馬伝」では、新聞記者の
インタビューを受ける岩崎弥太郎の服にもこの家紋が入っている。、、なかなか細かい。
運チャン曰く「この辺りの本当に貧乏な家には家紋なんて無いです、、」。、、だよね。
後世に追加された屋根には新型の三菱マークが入っている。岩崎家の家紋と土佐藩の
三つ葉マークを組み合わせたものらしい。いわば「政・官・業の癒着」の元祖。
室内の様子。
庭石。日本列島をかたどっており、写真左が北海道、右が九州、手前が佐渡島。
再びタクシーで武家屋敷付近まで乗せてもらう。30分くらいガイドをしてもらい、
料金は880円くらい?。お礼の意味も込めて2000円渡す。色々話が聞けて楽しかった。
武家屋敷といっても質素な造り。垣根も何とか?いう竹の様な生け垣。
ちょっと偉いさんの家はこのくらいの壁。でも「隣の家の話し声が聞こえる」つつましさ。
安芸城の堀。近所の幼稚園児が鯉のエサやり。
正門。江戸時代になると一国一城令の為「城ではなく土居」と言い張る。
安芸城内の紅葉。戦国時代にこれだけ脆弱な城も珍しい。江戸期には完全に町役場。
安芸市立歴史民族資料館。手前は「毒井戸」が保存。
山内一豊の左ほほ骨から右奥歯まで貫通したという矢じり。引っこ抜いた五藤氏の家宝。
真偽の程はともかく、我々が知っている「スポーツ用品」とは異なり、完全に「凶器」。
本気で人を殺そうという「殺意」のオーラに満ちている。
弓の名手といわれた三段崎勘右衛門がどういう矢を用いたのか気になり20分くらいガン見。
矢じりの最大径10mm以上?、長さ170~180mm?、質量50~60g?とすると矢全体では~200g?。
シャフトは抜ける構造、筋肉であれ骨であれ、これが刺さると恐らく工具が無いと抜けない。
初速はかなり遅めでも150km/hくらい?硬球ボールより重い鉄の矢が顔に直撃?死なない
としても確実に重体。「刺さったまま闘った」というのは私の中では完全にウソと認定。
お笑い黒田に「骨折させられた」とウソの供述をしたガールズバーの店長と同程度の狂言?
資料館の展示パネル。古代からの説明文が並ぶ。山内家の政策キーワードは、
「農奴制の復活」と「身分差別」。土佐においても「暗黒の260年」が始まる。
阪神タイガースの安芸キャンプの紹介コーナーまである。素晴らしい。
村山、田淵、江夏らの往年の姿や水洗トイレの設置時期まで記録・展示されている。
武家屋敷から少し市内よりにある「野良時計」。農作業用の時報を発信。
野良時計の解説。近くにカフェがあるが今日は休み。
市内まで、まだ2kmくらい有るので、帰りはバスに乗ってみる。市内循環の小さいバス。
高齢化社会で病院を集約化するとき、こういったきめ細かいバス運行は必須かも。
しょうがないので駅前で名物?ちりめん丼。高知滞在中唯一の失敗。
良く見ると地元客は皆ラーメンやカレー。これを頼んだのは私一人。くっそ。






















