家でテレビを見ていたら夕方からテレビ東京系で「毎日かあさん」が放映されていた。
「「毎日」なのにテレビ東京?」などと見始めたが、「お父さん」の話もあった。
夫だった鴨志田さんはフリーのカメラマンとして戦場を渡り歩いていたとの事であるが、
腎臓ガンで亡くなった。42歳。その様子は漫画「毎日かあさん」の4巻で紹介されている。
以前、癌患者に推奨される本としてランス・アームストロングの「ただマイヨジョーヌの為でなく」
を紹介した。が、もしも「患者家族・遺族に推奨したい本」を1冊だけ選ぶならこの4巻だろう。
「家族が癌になった」という現実を極めて正確に表現している、と思う。
通常私は病状や治療に関する情報が乏しい本や番組を一切評価しない。が、
この本では小難しい病気の解説や治療の説明は必要ないと思う。充分に経過は判る。
また、病室の背景から見て、治療を行ったのは癌研有明病院(個室?)だと思われる。
癌研が良いか悪いか一概には言えないが、通常このケースでは絶対受け入れて貰えない。
さいばらさんがどれ程の努力を費やしたか、その1コマを見れば充分に想像できる。
その一方で、家族のどんな努力も功を奏さない事の「自責の念」や「後悔」も包み隠していない。
何より卓越しているのは最期まで鴨志田さんを「100%鴨志田さん」として接している点だろう。
殆どの人は、身近な人が治らない癌と診断されるとその瞬間から「もうすぐ死ぬ人」に置き換え
を行う。20%くらいは鴨志田さんではあるが、残りの80%は「末期癌患者」に変換してしまう。
結果、「仕事は止めろ」「外出は控えろ」「栄養のあるモノを食べろ」「イヤ菜食玄米だ」、
「ネットで買った水を飲め」「○○病院はやめろ」「好きな事をしろ」「子供と過ごせ」、、。
病気の本質と治療のポイントを完全に外しているにも関わらず、ドラマや映画、ネットで
蓄積した「想像上の癌患者像」を押しつけ始める。患者が従わないと「病気でおかしくなった」
とか、「死が近いのでムリもない」などと、精神疾患まで自由気ままに追加したりする。
私の知る限り、末期癌になっても患者の人格は「全く」変わらない。
「知り合いが癌になった」と聞いて、不必要に萎縮したり、態度、扱いが変わるとすれば、
それはむしろ社会の側が抱えている「病」である。私は家族には、さいばらさんが鴨志田さんに
接した様に対応してもらいたいと思っている。恐らく非常に健全な支援だったろうと想像する。
「「毎日」なのにテレビ東京?」などと見始めたが、「お父さん」の話もあった。
夫だった鴨志田さんはフリーのカメラマンとして戦場を渡り歩いていたとの事であるが、
腎臓ガンで亡くなった。42歳。その様子は漫画「毎日かあさん」の4巻で紹介されている。
以前、癌患者に推奨される本としてランス・アームストロングの「ただマイヨジョーヌの為でなく」
を紹介した。が、もしも「患者家族・遺族に推奨したい本」を1冊だけ選ぶならこの4巻だろう。
「家族が癌になった」という現実を極めて正確に表現している、と思う。
通常私は病状や治療に関する情報が乏しい本や番組を一切評価しない。が、
この本では小難しい病気の解説や治療の説明は必要ないと思う。充分に経過は判る。
また、病室の背景から見て、治療を行ったのは癌研有明病院(個室?)だと思われる。
癌研が良いか悪いか一概には言えないが、通常このケースでは絶対受け入れて貰えない。
さいばらさんがどれ程の努力を費やしたか、その1コマを見れば充分に想像できる。
その一方で、家族のどんな努力も功を奏さない事の「自責の念」や「後悔」も包み隠していない。
何より卓越しているのは最期まで鴨志田さんを「100%鴨志田さん」として接している点だろう。
殆どの人は、身近な人が治らない癌と診断されるとその瞬間から「もうすぐ死ぬ人」に置き換え
を行う。20%くらいは鴨志田さんではあるが、残りの80%は「末期癌患者」に変換してしまう。
結果、「仕事は止めろ」「外出は控えろ」「栄養のあるモノを食べろ」「イヤ菜食玄米だ」、
「ネットで買った水を飲め」「○○病院はやめろ」「好きな事をしろ」「子供と過ごせ」、、。
病気の本質と治療のポイントを完全に外しているにも関わらず、ドラマや映画、ネットで
蓄積した「想像上の癌患者像」を押しつけ始める。患者が従わないと「病気でおかしくなった」
とか、「死が近いのでムリもない」などと、精神疾患まで自由気ままに追加したりする。
私の知る限り、末期癌になっても患者の人格は「全く」変わらない。
「知り合いが癌になった」と聞いて、不必要に萎縮したり、態度、扱いが変わるとすれば、
それはむしろ社会の側が抱えている「病」である。私は家族には、さいばらさんが鴨志田さんに
接した様に対応してもらいたいと思っている。恐らく非常に健全な支援だったろうと想像する。