明暦の大火という事件があります。

 

江戸市中が大火事に見舞われ、3万人から10万人と言われる、未曾有の死者を出し、江戸城の天守も焼け落ちてしまいました。

 

役人の中には、非常な働きをした者もいましたが、浅草橋では脱獄の誤報を信じた役人が門を閉ざしたことで逃げ場を失った2万人以上が死亡するという過失もありました。幕府の上層部としては、過失のあったものを詮議して処罰すべきという話になりました。

 

時の大老、保科正之は言いました「今後のためにというのは、もっともな話であるが、考えてみると、それでは教えずして罰するということになる。今回の火災は家康公の江戸入り以来70年に渡りかつてなかった大きなものである。ここまでの大火は想定外出会ったので、混乱が生じた。真に今後のためを考えるのであれば、今回の反省を活かして、次の大火に備えるために、どうするか定めておくことが肝要である」

 

何か問題が生じると、、誰でもその原因を外に求めがちです。誰が悪い! 時代が悪い! 社会が悪い! 運が悪いと言うのです。

 

しかし、実際には、ほとんどの場合、失敗の原因は自分にあると思います。

 

事前に十分な計画を立て、行う過程でも慎重な判断を怠らなければ、大体のことはうまくいくのです。

 

ましてや、リーダーともなれば、ほとんど100%の責任を自分に帰さなくてはいけないわけです。たとえ、部下に失敗があったとしても、その部下が果たしてその任に相応しかったかどうか、またそれをさせるにあたって、十分な指導なり教育をしたかどうかが問われてくるのです。

 

保科正之は、まさにそれを言っているです。大火を目前にして、成すすべも無かった部下を処罰するのではなく、まず、前提として、大火を想定した指針を作っていなかった指導者としての責任を感じたのです。

 

用意周到な準備をして、あらゆる配慮をして、慎重にことを進めていくことができれば、不測の事態がない限り、まず失敗ということがありえないというのが真実です。

 

リーダーは、そのことをはっきり知らないといけません。

 

もし、部下が失敗しても、部下を責める前にまず責任は統括する自分にあるという構え。これは本当に見習うべきです。