昨日の続きみたいになりますが、
歳を重ねると、痩せても「やつれて見える」という話をしました。
歳とともに老化に向かっていくのはもちろんですが、
やっぱり人によって差がありますよね。
アンチエイジングとか、美容的な話をここでする気はありませんが、
自分が発する言葉の影響は大きいと思っています。
というか、
ポジティブな言葉を発する人は、若く見える人が多いということです。
これはきっと、何かの因果関係はあると思いますね。
自分は40代後半なので、誰もが認めるオジサンの枠です。
ただ、オジサンと言われたら、それはイヤです。
「そうだね、オジサンだね」と、スッと消化できない自分がいます。
同世代の男性は分かると思いますが、これってそれぞれ受け止め方が違います。
でも、言われて何の抵抗もなく、ピクつくこともなく、
「そうそう、年齢的にもオレはオジサン」と無意識に咀嚼できる人は、
老化という事実を受け止めていますよね。
そういう人は、肉体的な話でも、老化を受け止めている言葉が見え隠れします。
「体力的に若い時に比べたら落ちてるし」とか、
「運動したら筋肉痛にすぐなるし、筋肉痛も若い時より遅れてくる」とか。
それはおそらく、若い時ほどの運動量がそもそもないからです。
若い時並みの運動量を継続していれば、筋肉痛も通常通りですし、遅れてもきません。
運動量が少なければ、若い人にも間違いなく同じ現象が起きます。
そうすると、思考が老化しているということになりますよね。
そういうものだと勝手な思い込みなので、思考が停止しているようなもの。
思考が老化すると、外見でいくら若さを取り繕っても解決になりません。
なので、肝心なのはまず意識だと思います。
小さいことですが、言葉を変えてみるだけでも違います。
例えば、「歳をとる」ではなく「歳を重ねる」と言ってみる。
歳を重ねたぶんだけ成長しているということですよね。
なら、むしろ年齢を重ねたほうが良いということ。
ドンドンと歳を重ねて経験を積み、いくつになっても向上心は持っていたいです。
歳を重ねることを、ほとんどの人はマイナスの視点でしか見ていません。
たまに、常識を疑ってみるといいです。
これは穿った見方というのではなく、
当たり前が、当たり前でないことがよくあるからです。
どうみてもマイナスという事実でも、別視点で見たらメリットがあることが多いです。
そう考えているときは、自分の思考が働いていますので、
めちゃくちゃ若さに溢れているはずです。