さまざま人と出会ってみると、

この人変わってるなと思うことがあると思います。

 

自分もよく「変わってるね」と言われます。

が、当の本人はそんな自覚はありません。

自分は、変わっていないと思っています。

もっと変わってる人は山ほどいるので、本当にそう思っています。

 

でも、心理学の本とか読んでいると、

自覚がない人ほど、本当に変わっている人のようです。

逆に、自分から変わっていることをアピールする人は、

いたって平凡な人間のようです。

 

自分は変わっていると思っていたいので、

人が見ている前だけ、変わった行動をしてみたくなるんですかね。

たしかに、自分は変わっていないと思っている人は、

人前だろうが、そうでなかろうが、やることは同じです。

 

こういうのは、相手の捉え方ひとつだと思います。

大事なのは、変わっていることが相手にとってプラスかマイナスかです。

 

「この人変わってて面白そうだから、仲良くなりたい」

と、関心を持ってくれる人とだけ付き合えばいいことで、

そういう人たちとだけ付き合ったほうが、間違いなくお互いのためです。

 

このブログをやってみて感じていることがあって、

「フォロワーの数は、どれくらい価値があるものなのか」ということです。

数が多いからすごい人という解釈は、思考停止している気がします。

 

自分は日記を書いているだけなので、

こちらから、ほとんど他の方のブログを見ることはありません。

なので、フォローしてくれたからフォローするような「返報性の原理」もありません。

もしブログを書いている人が、みんな返報性の原理を求めているなら、

それは、そのブログの内容が素晴らしいと、イコールにはならない気がします。

 

むしろ、軽い感覚での「いいね」の方が良いですね。

その瞬間に、純粋に良かったと感じてもらったからだとは思うので。

違う目的での「いいね」もあると思いますが、

お互いに利害関係が一致していれば、それは見返り目的ではないと思います。

 

何かしてもらったからお礼をしないといけないという、気持ちはとても大事です。

でも、見返り待っている気持ちがあれば、意外と簡単に気づかれます。

これに気づいてしまうと、誰でも「萎えます」。

 

自分はこういうSNSをあまりやらないせいか、

フォロワーという言葉を、純粋にフォローしてくれる人と思っています。

そういう人は、純粋に書く内容を楽しみにしているとか、そういう感覚だと思っています。

なら、

そんな人がたくさんいるわけがないし、フォロワーなんて少なくていいと思っています。

仲の良い友人くらいに思っているからですかね。

 

まあ、アナログ人間だからかもしれません。

毎日自由に書けて、その少ない友人が満たされてくれたら、毎日がハッピーです。