自分は我慢強いのかと、ちょっと考えてみました。

 

起業したのも、前の職場がイヤではなく、

やりたいことがずっとあったので、

今度こそはやる!という固い決意が大きく、

とりあえず、その目標は達成できました。

 

20代後半から10年くらい運送会社にいまして、

今もそうですが、まあこの業界、

人が足りない・・。

人が来ない・・。

続かない・・。

 

今も昔も同じ環境です。

そうすると、ベテランになってくるほど

辞められない・・叫び

給与が良いから辞めないというのではなく、

情(じょう)

※給与が良いというのも微妙ですが・・

 

 

人である以上、誰もが持っているもの。

なんですが、

それが、自分の未来の扉の前に立っていて、

行けるもんなら行ってみろ! と。

 

コイツを説得できずに、10年近くやっていましたあせる

 

人は環境の生き物なので、

変化することを避けたいもので、

慣れてる方がやっぱり居心地もよく、

本当に困っていないから動かないんですよ。

 

だから、

我慢は必要で、自分のためになると思ってました。

 

でも、どうでしょう。

「我慢すればいい」は違う。

泥臭くやったことで満足感を得られたり、

真面目に一つのことをコツコツとやって充実感を得たり、

 

我慢=美徳 ってこと?

いやいや、まてまて・・。

こう考えるようになると、

 

望んでやってんの?

無理してないの?

で、結果はどうなの?

何か成長した?

 

このへんがYESにならないと、

その我慢、要らない。

 

なぜなら、その会社を出たときに、

その我慢、今何か役に立ちますか?と。

 

会社のために捧げた我慢って、

「ゲーセンのコイン」のようなもの。

そこだけで使えるものをたくさんゲットしても、

ずっとそこにいる気がなかったら、

残りの人生で、これは無価値になる。

 

 

なので、我慢するべきかどうかは、

自分が望んでやりたいと思えるかどうか。

そう考えたときに、

 

言われてやることは、だいたい我慢したくない(笑)

 

自分にとって、本当に達成したい目標が見つかり、

達成することを阻害する【人・モノ・考え・その他】があるなら、

自分から断っていくしかない。

 

我慢すべきことは、自分で決めれるはず。

自分で決めたことなら、必ずやれるはず。

 

なら、我慢することは苦痛にならないはず。

なら、我慢は誰でもできるOK

 

必要な我慢なら、大金払ってでもやりたいですねお金