さとうです!
先日、福島県立美術館の大ゴッホ展を観てきました。
初めてのゴッホ展、
むちゃくちゃ良かったです。
展示内容は勿論、企画者側の愛を感じます。
というのも、今年は
阪神・淡路大震災から30年。
東日本大震災から15年。
かつての被災地である神戸と福島で開催。
苦難と絶望の連続だった人生、常に困難に立ち向かい続け、諦めず、癒しと安らぎを芸術に見出だしたゴッホ。
その生き方と、復興の道を歩み続ける被災地とが重なる、展示を観ながら色んなことを考えさせられる内容です。
ゴッホといえば
・みほこさんが好きな画家
・狂気の画家・追い詰められて耳きって自殺した
というイメージだったのですが
本当に狂気に生きていたのか怪しい
本当は、とても冷静に、真摯に向き合って生きていたのでは?
と展示を通して彼のイメージも変わり。
彼という人間は一体何なのか気になり
という映画を観ました。
映画と展示を通して、
ゴッホという人間の捉え方に納得しました。
まず、ゴッホは死にたいと思ってない。
癇癪・繊細過ぎ
勉強もできない
人付き合い苦手
甲斐性ない
売れない(本当に死ぬちょっと前に少しずつ人気が出た)
ずーーーっと、不幸と言われそうな人生
でもゴッホは生き続けたい
大好きな絵を描き続けたい
神様が自分に与えてくれた、たったひとつの才能だから
ゴッホは真剣に、幸せそうに、子供のような瞳で世界を見て絵を描く
ただ、長生きも望んでいない
お金も時間も何もかも一番大好きな絵に賭けて
命懸けで描くことが幸せだから
耳も切るけど、決定的に追い詰められてる訳ではない
耳は、多分、生きるために切ったと思う
ゴッホはてんかん等複数の病気を患っていたそうですが
てんかんの症状と症状の間の落ち着いた時に
一気に集中して絵を描く。
自分という人間について分かっていて、
どうしようもできない部分はあきらめて
コントロールできる部分はしようとしてる。
ゴッホの見ている世界の見方は、私達の見ている世界とはちょっと違う。
自然は、ただ在るだけでなく
物凄いエネルギーと意志を持って蠢いている。
ゴッホは本当に何度も何度も失敗する
精神病院には入るし
たくさんの友人を失うけど
マジで、諦めない(これがホントに凄い・ゴッホは逃げない)
絶大にゴッホを愛して助けてくれる弟のおかげで
なんとかやっていく
そして、映画の終盤は悟りを開く。
「自分は生まれる時代を間違えた
それでも、未来に向けて絵を描く」、と
(ゴッホ本人が言っていたのかは分かりません)
ままならない精神も身体も
孤独も絶望も全て受け入れて
「絵を描く」ことが神様から与えられた仕事だと
心の底から納得して
穏やかに描く
ゴッホの人生はずーーっと革命の中だったと思います。
死んで、ゴッホを愛する人達の執念で作品達が世の中に知らしめされて
やっとゴッホのひとつの革命が終わった。
全然関係ありませんが、
私はゴッホが亡くなった年齢37歳と今年同い年です
(早く35歳美人修行を37歳にしないとね…)
展示と映画を観て
「今の私のやってること全部パチモン」
と、すごく良い意味で思いました。
たった10年間を、全身全霊を込めて絵に捧げた
亡くなって100年以上経った今も大人気という異常過ぎる画家
彼の前で
「本気でやってます」
と言えることは
マジでひとつもない爆
彼の本気度の前に、全て霞む
あと、ゴッホはただ描きたいことを描き続けたんじゃなくて
しっかり絵の勉強をして
いろんな画家との交流をやって刺激を受けて
新しい流れを自分の中で咀嚼して
10年間でかなり作風を変えながら
産み続けた
死ぬほど努力して、死ぬほど絵を愛した人
ゴッホが命を捧げるに値すると思ったものはたったひとつだけ
ゴッホと比べること自体があまりにもおこがましい
のは承知ですが爆
私も何にエネルギーを注ぐかしっかり取捨選択するのと
ゴッホの圧倒的なエネルギーをたっぷり浴びて
エネルギー入れ替えてもらったような気がしました。
もう色々嫌だなーと思って動いて
またその嫌なところを繰り返して上塗りして失敗して
また改善して動いて…
今年37歳、責任持って動いていきたいところです。
