もしお子さんが発達障害と診断されたとき、どのように理解しようとしますか?

 

  • なんで健常児に生まれてこなかったのか‥
  • これからどうやって育てればいいのだろうか‥
  • 普通の子供に治す方法はないだろうか‥

 

どんなふうにお考えになるのであれば、私は「まったく逆」と強く言いたいです。

その理由について詳しくお話しします。

 

純真無垢な人間に育つことが確定している

私の子供は健常児ですが、なぜか発達障害コミュニケーション指導者などの資格を取得してずっと関わっています。

なぜそんな資格を取得しようと思ったのか?

 

じつは私が発達障害の子供にはじめて触れ合ったとき、とんでもなく「まっすぐな眼」を見てしまったためです。

 

私は今から20年ほど前、まったく一般的な仕事(会社務め)をしていました。

そんなある日のこと、とある知人にこんな質問をされました。

 

「飲食店に行ったとき、もし障害のある子供が料理を運んで来たらどう思いますか?」

 

私はこの質問に対して答えを返そうと、その場面を思い浮かべて想像してみました。

  • レストランの椅子に座って待っていて、その子供達はどんなふうに料理を運んでくるんだろう‥
  • きっと一生懸命に運んでくれるんだろうな‥
  • 運び方がぎこちなくて、人によっては「美味しそうじゃない」などと言われるんだろうな‥

そう考えていると気持ちがとても高揚してきて、ハッキリと一言「めちゃくちゃ喜びます!」と。

私はもうこの一言しか思い浮かばず、他の感情はまったく浮かんでくることはありませんでした。

 

するとその知人は、

「うわぁ~!それは嬉しい!今度いっしょに飲みに行ってもう少し詳しくお話ししましょう!」

という返答が返ってきました。

 

じつはその知人というのはある福祉法人の幹部で、発達障害の子供を自立させる意味で系列のレストランで接客を始めようとしていたんです。しかしどうしても世間的にどうなるのかが不安で、私にそのような質問をしてきたというわけです。

 

私にとって発達障害の子供達と関わりを持つようになったキッカケがこの瞬間で、それからというもの私に何か出来ることはないだろうか‥と手探りでいろいろと勉強を始めました。

 

さらにそのレストランが実際に完成して伺ったときのこと‥

まさに私が想像していた通り「最高の接客」を見せてくれ、そのときの純真無垢な眼差しがいまでも目に焼き付いています。

 

料理が傾いて、ときにはソースがこぼれることもあります。

しかしそれでも「美味しい!」というのが発達障害の子供達にしかできないサービス。

私は最高の接客を受けることができたと、つくずく感じることが出来ました。

 

このような経験から発達障害のある子供というのは、とくに今の時代には貴重ともいえる「澄んだ心」を持っています。

 

したがってもし発達障害と診断された場合には、天から授かった貴重な贈り物として捉えるようにしてください。

私もその子供がもつ「澄んだ眼差し」を見に行きたいくらいです。

 

 

親のほうが気付きをもらい人生の勉強をさせてもらえる

私は、発達障害の子供を育てた経験はありません。

しかしその子供のおかげで「親のほうが大きな知識を得ることになる」というのは良く分かっているつもりです。

 

私も発達障害をもつ子供達と関わってきましたが、自分でも驚くほどの知識が得られてきました。

あまりに有意義でこれ以上ないくらいの大事な知識を学ばせてくれるので、ときには「私なんかがこんな大事な子供達に関わっていいのだろうか‥」と不安になるときもあったほどです。

 

発達障害の子供というのは、とにかく「全ての瞬間」において気付きを与えてくれます。

発する言葉にしてもそう、ちょっとした動きにしてもそう‥

何かと人生において役立つ気付きを与えてくれるのが発達障害という「特性」なので、もしお子さんがそう診断されたら「膨大なプレゼントをもらえた」と思ってください。

 

具体的にどんな気付きが‥

 

そう思われるかもしれませんが、その感じ方というのは個人で違うと私は思っています。

人によっては涙が出るほどの気付きになることもあるし、まったくそれに気づかないこともあると思います。

私の場合は「本当にこんな貴重な体験をさせてもらっていいのだろうか」と感じました。

 

ぜひこのことを心にとめて、発達障害と診断された瞬間に喜んでもらえると私のほうまで嬉しいです。

 

 

発達障害というのは「神の領域」に近い存在

ついに頭がおかしくなったか‥

そう思われるかもしれませんが、発達障害の子供というのは一言で表現すると「神」だと私は思っています。

育てる苦労を知らないくせにと言われるでしょうが、私は強くそう感じています。

 

実際に私が発達障害の子供を育てていれば、そこまで感じなかったのかもしれません。

もしかするとこの「神」という表現は、発達障害というものを美化しすぎているだけなのかもしれません。

 

しかし私は純粋に、この子供達は「神の領域」にもっとも近いのではないかと感じてしまうんです。

  • だって「あんな透き通った眼」なんて真似できますか?
  • 存在しているだけで「人生に役立つ尊い勉強」なんて人に与えることができますか?

あまり意味が分からんという人もいると思いますが、私はそう感じます。

 

発達障害のある子供を育てた経験のある、親御さんであればきっとわかってもらえると思います。

健常児の子供だけを育てた親御さんでも「人の本質」を理解しようと思う気持ちがあると、きっとわかってもらえると思います。

 

もういちど繰り返しますが、発達障害のある子供は「神に近い存在」です。

いつかきっとそう思う日が来るはずなので、発達障害と診断された日には盛大にお祝いをしてください。

 

でもこんなふうに発言すると、発達障害を侮辱していると感じる人もいると思います。

しかしこれは侮辱でも何でもない。

もしそう思うのであれば、きっと心のどこかで発達障害を見下していることに他ならないと私は感じます。

 

私は発達障害という特性を「天才」だと思っています。

世の中でよくいわれる「天才」というのは、まさに発達障害という特性を表現している言葉であると。

いや嘘でもなんでもない、本当に「天才」なんです。

 

世の中のトップに君臨する人たちは、発達障害コミュニケーション指導者の講師もおっしゃったように「こだわりの強いアスペルガー」です。

発達障害=天才としか私は思えません。

 

最後の項目は、へんな宗教か?と思えるようなタイトルになりました。

しかし変でも何でもなく、頭がおかしくなった訳でもありません。

きっと私以外にも、このように表現される人はかならず存在していると思います。

発達障害について突き詰めるほどこの結論に行きつくと私は思っていて、これ以上でも以下でもないです。

 

ぜひ発達障害と診断されたら、うちに「神」がやってきたと思ってください。

もし今はそう感じなくても、いつかきっとわかる日がやって来ると私は思います。

 

最後に‥

発達障害は素晴らしい特性というお話しをしてきましたが、私はぜひこのことを心に持っていてほしいと思います。

とはいえ成長するにしたがって自立については頭を悩ませると思いますので、私も参考にしている発達障害の自立支援におすすめ「Switch」を使ったトレーニングアプリのような医学的に効果を期待できる学習教材などを有効に利用していくのがおすすめではないかと感じています。ぜひ今後の参考までに。

 

私は文章がヘタなので、十分に伝えることが出来ていないと思います。

そんな駄文を産後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

 

ただ、これだけは言わせてください。

 

もし発達障害と診断された場合は、ぜひ胸を張って「発達障害」を堂々と名乗ってください。

キラキラと澄んだ瞳を見るだけできっと「心が洗われる想い」というのを、いつの日か間違いなく強く感じることになると私は思っています。