発達障害のとはいっても個人差があり一概には言えませんが、我が家の場合を紹介します。
 

我が家の娘は、小学生の頃から、勉強に関してもはっきりと好き嫌いがありました。家庭学習の現場で、最も苦労したのは「音読」と「作文」です。
 

特に「音読」は毎日宿題が出て、カードに回数とコメントを書かなければならないので、毎日嫌がられて大変苦労しました。

 

小学2年生までは一回だけでもいいから、とやらせていましたが、今思うと親の判断で省略してもよかったと感じます。

 

あんなに嫌々やっていたらマイナスにしかならなかったはずです。

 

担任の先生が話が通じそうな人であれば話を通しておくか、もし通じない感じの先生なら、ハンコとコメントを適当に書いてしまってもよかったと思います。
 

 

また、長期の休みのたびに出させる「読書感想文」を毎年の泣くほど嫌がっていました。

 

発達障害のため気持ちを言語化することが苦手なのはわかってはいたのですが、発達障害だからこそ周囲と協調するためにも「決まりを守らせたい」という気持ちから、自分の力でやらせようとしていました。

 

しかし、毎年、結局出来なくて、ほとんど親のアドバイスを元にした文章を書いていました。

 

作文の宿題も「うちではこうする」ということを説明の上、初めから親と共同作業にしていれば、あんなに苦しい時間を過ごす必要はなかったと思います。
 

 

娘は小学校時代、発達障害の程度が軽いことと女児ということもあり、学校では和を乱すこともなく周囲に合わせていました。

 

今思うと家でぐらいのんびりさせてあげればよかったです。

 

小学校の先生は、明らかに見てわかるほどの発達障害の子には理解がありますが、一見わからない感じの発達障害にはまだまだ理解が足りないと感じました。

 

どうしても「さぼっている」とか「好きなことしかやらない」と思われがちです。娘の場合は休み時間に外で遊ばないことを再三注意されたそうです。
 

 

保護者会などで間近に接するとなんとなく先生の人となりもわかってきます。

 

もし理解をしてもらえない感じの先生だったらわりきってしまって、親だけは理解者となり、独自のルールで家庭学習を進めていけばいいと思います。
 

仮に大の苦手だった「音読」と「作文」の宿題を初めからスルーしたとしても、おそらく娘は同じように成長したのではないかと感じています。

 

あの時に無理矢理「音読」をさせたから話をするのが上手くなったということはないし、無理矢理「作文」をさせたから文章作りご上手くなったとは思えません。
 

 

学校は学校として、多くの人と接することもでき、教科書に沿った幅広い勉強ができるので、否定するつもりはありません。

 

ただ、発達障害の子どもは普通の学校生活だけでもかなり疲れて帰ってきます。

 

家庭学習ぐらいは、親の采配でその子に合わせた内容にしてあげることが大切だと感じます。