こんにちは。monです。

 

 

 

前回に引き続き『留学する意味』について語っていこうと思います。

 

『留学する意味』とは

“自分自身の価値の向上” であり、

これはすなわち

“自分自身を必要とする人の数が増加する”

と言い換えられると述べました。

 

それは留学することによって得られる3つの経験

 

(1)  英語によるコミュニケーション

(2)  異なる生活スタイルへの適応

(3)  自分自身の客観視

 

によるものです。

 

今回は(2) 異なる生活スタイルへの適応 という経験について書いていきます。

 

ただ今回は私の留学先であるカリフォルニア大学での “授業” に焦点を当てて書きたいと思います。(ホームステイ中の話や寮での話はまたいつか...)

 

海外の授業、特にアメリカでは生徒がプレゼンをする授業が非常に多いです。また授業中に先生と生徒や生徒同士での議論などが頻繁に起こります。

 

彼らには前提として

“先生と生徒は対等” という価値観があります。

 

先生はもちろん生徒を評価するし、生徒も先生を評価します。

 

評価の低い生徒は卒業できませんし、先生の場合はクビになります。

 

また、 “授業中に発言しない奴に授業に参加する価値はない” という価値観を持っているので、授業後に質問しようものなら「授業中に聞けよ」と突き返されます。

 

そのため先生も生徒も一回一回の授業に本気で臨みます。

 

私の場合は、カリフォルニア大学でのビジネス学の授業で生徒もハイレベルだったので、それはそれは凄まじかったです汗

 

 

 

やはりそのような環境で卒業しようとするなら、今までのスタイルをぶち破らなければなりません。

 

下手くそな英語でも伝えようとしなければ単位はもらえないので...

 

 

 

ここで私の失敗談を一つ。

 

私は半年間語学スクールに通った後、ビジネス学の授業を受けました。

 

私は工学部で今まで経営学について学んだこともなかったので、人一倍努力しなければなりませんでした。

 

しかし、頭では発言すべきだとわかっているのに、言いたいこともあるのに、なかなか授業中に発言できませんでした。

 

授業の初日、4つのグループに分かれて1時間でiPhoneの新機能について考えてプレゼンする。という課題が出ました。

 

私は、他の生徒の知識ややる気に圧倒され、彼らが何について話しているのかついていけませんでした。

そこで何について話しているのか、グループの人に聞くべきだと頭ではわかっていました。なぜなら数分後にはプレゼンしなければいけないのですから。

 

でもできませんでした。

 

ハイスピードで展開されている議論を中断し、自身の無能さを晒すようなものだからです。

 

結局そのプレゼンではグループの一人に、私が何を言ったらいいか紙に書いてもらい、それを読むということをしました。

 

(その英語が筆記体で書かれていて、めっちゃ読みづらかったです汗)

 

当然先生からの評価は最悪。

 

私はクラスの中間成績で最低点を取りました。

 

 

 

この時挽回できたらよかったのですが、

なかなか自身に染み付いた慣習をぬぐいきれず、

一言も発言せず授業をやり過ごすという日々を過ごしました。

 

 

 

しかし、父のある言葉で吹っ切れます。

それについては次回...