最近、なんか言葉というものに対してうまくないなと思ってしまう勉強猫です。


なんとか相手をはげまそうとか勇気づけようとしたりとかして


言葉にしたくてもなんかいらない部分がいっぱいくっついて


軽薄になる気がする・・・


結果伝えたいことのうち、2割くらいしか伝えられなかったんじゃないかと思ってしまう。


なんかあかん


自分の生の気持ちじゃないよ


そういいたいんじゃない


そう思ってしまっても勝手にどんどん言葉に飾り物がついて


別なものになる。


たぶん生の気持ちを伝える勇気なんかもうなくなってしまったのかもしれないけど


てか生まれつきそういう表現が苦手やったけど


もっと苦手になってしまってるのではないやろか?


おいら、多分とんでもなく小さい時のこと覚えてる。


泣いたときの周りの反応、抱っこされた時の反応。


そういうのがなんかすごい過剰に感じられて


声を出すのが恥ずかしくて、どうやってしゃべるのか3歳くらいまで


周りを観察し続けた。


じいさんがおいらがしゃべられへん子やと思って


なんとかして言葉を覚えようとさせてくれたことも覚えてるし


妹が生まれた時に妹に初めて対面した帰り道にばーちゃんが玩具屋で


おっきなヘリコプターのおもちゃ買ってくれた時も


ばーちゃんはおいらの目線だけでおいらがほしいものを分かってくれて


買ってくれた。


おいらが初めてしゃべった言葉は


「りんごがたべたい」


やったって我が家では言われてるけど


ほんまは


「ヘリコプターってどうやって飛んでんの?」


が、初めてしゃべった言葉。


たぶん、あの時に「言葉を話す」っていう行為が自分の中で


「言葉を作る」っていう行為と履き違えたのかもしれない。


でもそんなおいらの言葉でも笑ってくれたり、力になることができたら


おいらはうれしいのである。


そして、じいさん。


あんなにしゃべらせようとしたのに


なんでおいらの第一声を勘違いしてるんや?w

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