昨日は、仕事とプライベートの境界について、あらためて考える一日だった。
まず、顧問先で某大企業の社員専用の手帳をもらった。
9時から18時までしっかり時間が区切られている手帳だったので、「これは仕事用としてかなり使いやすいかもしれない」と感じた。
そして、その瞬間に、仕事は仕事の手帳、プライベートは熊谷手帳、というふうに分けて使う形が頭に浮かんだ。
というのも、最近はどうしても仕事のことがプライベートの時間に入り込んできやすくて、頭の中がずっと仕事モードのままになりがちだったからだ。
だからこそ、物理的に手帳を分けることには、思っている以上に意味がある気がした。
仕事の予定は仕事の手帳に閉じ込める。
一方で、プライベートの時間や、自分が本当に大事にしたいことは、別の手帳できちんと守る。
そうすることで、少しずつでも生活にメリハリが出てきそうだと思った。
また、昨日は仕事の中でも、いつものように細かいことをいろいろ考えていた。
税金や社会保険、経理処理のことなど、一つひとつは小さく見えても、実際はどれも判断が必要なものばかりだ。
そのため、頭を使う場面が多く、地味にエネルギーを持っていかれる感じもあった。
ただ、その一方で、こういう細かい論点に向き合っている時間そのものが、自分の仕事の力を少しずつ作っているのだとも思う。
さらに、勉強のことも頭の中にはずっとあった。
仕事をしていると、どうしても「今は仕事に集中すべきか」「それとも少しでも勉強を進めるべきか」という気持ちの揺れが出てくる。
けれど、最近は前よりも、全部を完璧にやろうとするより、役割ごとに整理して考えた方がいいのではないかと思っている。
仕事の時間は仕事をやる。
勉強の時間は勉強をやる。
そして、休む時間はちゃんと休む。
言葉にすると当たり前だけれど、この当たり前が意外と難しい。人間の脳みそは、けっこう勝手に越境してくる。なかなかの侵略者だ。
でも、昨日はその中でひとつ気づきがあった。
それは、境界線は気合いで引くものではなく、仕組みで引くものだということだ。
手帳を分けることも、まさにそのひとつだと思う。
気持ちだけで「切り替えよう」としても限界はある。
だからこそ、道具や習慣を使って、自然に切り替わる形を作っていくことが大事なのだと思った。
そして、一日を振り返ると、派手な出来事があったわけではない。
しかし、こういう小さな工夫や考え方の修正こそ、あとから効いてくるのかもしれない。
大きく人生を変えるのは、突然の革命よりも、静かな運用改善だったりする。まるで自分の生活に対する内部統制みたいなものだ。
だから、昨日は「ただ過ぎた一日」ではなく、これからの生活の整え方について一歩考えられた日だった。
今日もまた、仕事と自分の時間をうまく切り分けながら、やるべきことを一つずつ積み重ねていきたい。