映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


2011年3月28日(月)~4月2日(土)


28日(月)

・日本テレビの氏家会長が亡くなった。多臓器不全。

・出版部の田居部長が昼にかぐスタ来訪。「熱風」で氏家さんを特集をする旨と、高畑さんに寄稿してほしい旨を伝えに。

・夕方、制作の松尾さんと近くの喫茶店で、スケジュールMTG。高畑さんが演出助手を含めたスタッフ増員を希望している。

・夕食前、田辺さんの作業を箇条書きにして整理して、ペースアップを考えてみる。

・夕食後、動画チェックを終えた高畑さんから、演出助手の相談を受ける。高畑さん「演出……助手なんですけどね。どうにかならないでしょうか。ああいうチェック中のちょこまかしたタイムシートの打ち込みとかも、その場で田辺くんがやっているわけですけど、こちらとしては、オペレーターは誰かいて、指示したらやってくれるとか、そういう人がいると、早いと思うんですよ。田辺くんも違う作業をする時間ができるし。」と。

・西村の返答は「場当たり的に人を増やしていくことは、避けたいです。そもそも、4ヶ月で10カットを作るのに四苦八苦している状況で、演出の負担を減らすのに演出助手を入れたところで、大勢に影響はありません。田辺さんの負担を減らすなら、より大きな枠で考えてみることが必要です。演出助手も含めてですが、着彩ボードは誰にふれるか、動画チェックは誰それにと。ただ、それは2年で作る場合の話です。それこそ、10年かけて作るのなら演出助手なんか不要で、このままやっていけば良い。2年で作るという見通しを立てられるのなら、それなりの体制を整える必要がある。はたまた、その中間はありうるか、ということを検討しないといけない。ぼくも、田辺さんの作業を整理しているところですけど、大変な物量です。このリストを基に、話をしましょう」と。 高畑さん「うん、そこからですね。」と返答。

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29日(火)

・松本憲生さんがようやく仕事を終えて、入れるとのこと。とはいえ、こちら側の準備(田辺さん管轄の仕事)が出来ていない。どうするか。この件、ふくめて話そうと、そのまま、高畑さん、田辺さん、西村、松尾さんの四名でMTG。

・このまえ高畑さんに見せた「田辺さんの作業リスト」を見つつ、その作業の中からどの作業を、違うスタッフに引き渡せるか、という話になる。しかし、高畑さんは自分の変わりにコンテを描いてくれる演出助手を欲し、田辺さんは、なんら明快な返答をせずに、むしろ、作監は不要なんじゃないかと。なかなか話が進まない1時間が過ぎ、みんなの話を遮って、西村から話をする。

・西村「ちょっと話がゴチャゴチャになってきたので、整理させてください。結局、こういうことなんです。2年で作るなら、2年で作るなりの体制が必要である。10年で作るなら、10年で作るなりの体制が必要だと。僕は今でも、10年かけるなら、かけりゃいいって、思ってますよ。本気ですよ。けれど、もし、おふたりが2年で作ろうという、こちらがずっと話してきたことに、協力してくれるなら、こちらも頑張って体制作ります。この前提が揺らぐと、結局、何を話しても意味がなくなっちゃう。演出助手の話と繋がるんですけれどね。要は、演出助手を2年雇うのか、10年雇うのか。現状のやり方を貫く、または微調整で済ませようと思うなら、2年では到底できないでしょう。1分を作るのに、こうなっているわけだから。であれば、10年かけりゃ良いと、僕は本当に思ってるんですよ。でも、そのときには、原画スタッフも、それ以外の人員も、少数です。制作なんて松尾さんだけでいい。演助なんて雇ってられません、申し訳ないけれど。で、2年で作るためには、ふたつのことが必要なんでしょう。ひとつは、コンテを書くってことです。だって、コンテの完成に2年も3年もかかったら、2年で映画が完成できないですから。ふたつめは、分業が必要になるってことです。フレーム決め然り、着彩ボード然り、原画チェックも、どう分業してチェックし修正していくか。絵コンテを書き、分業を考える。間違ってませんよね。大丈夫ですね?で、ここで一個、蒸し返しますけど、このパイロットに入るときに、ぼくは鈴木さんから、田辺くんと男鹿さんで作れ、って言われたんですよ。覚えてらっしゃるでしょう。それを、いや、そんなことしたらコンテが止まっちゃうと。コンテが止まったら、パイロットフィルムはできたけど、本篇には入れませんということになるだけだと、伝えて、鈴木さんにはそれを汲んでもらって、今の体制になってるんです。で、結局どうなっているか。なんだ、コンテなんて進んでないじゃないか、と。ぼくは、こうも言ってるんです。パイロットフィルムは、本番を意識してやるって。高畑さんが言ってたことですけどね。で、現状、1分間の映像を作るのに、コンテが進まないという事態が起きているわけですから、本番でも必ず起きるだろうと。僕なら、そう考えます。演出助手が欲しいっていうのは、分かります。でも、それで劇的にコンテ作業が進むわけじゃない。本篇に入ったら、大げさに言ってしまえば、今の10倍の物量を流すようなもんですよ。コンテを並行しながらね。そういう中で、作監は不要だっていう意見が、僕にはちょっと理解できない。全部自分でやる、そういう仕組みで、2年で作れますか?作れないですよ。だから、10年かけましょうって、そうなるんですよ。ただ、分業が難しいってことは分かります。でもなんとか考えないといけない。で、その分業を、考えましょうということで、今、時間をとってるんですね。でも、前提として、結局は、この映画は、田辺さんの頑張りにかかっている、ってことを、田辺さんにもう少し自覚して欲しいんですよ。コンテが進まないんだったら、4時間でも早く来れば良いんです。進まないんじゃなくて、進めるつもりがないってことなんですよ、問題は。だから、時間がちょっとなくなってきちゃったんで、僕の提案を言います。4月から6月まで、時間を区切って別場所でコンテを描く。残りの時間で、チェックと修正をする。その癖をつける。たとえば、毎日、午後7時になったら、高畑さんと田辺さんは、スタジオを出て、武蔵境の別部屋に行く。そこでやる。田辺さんを見てると、気になってQARに向って、ちょこちょこ直しているでしょう、いつまでも。あれじゃ映画できませんよ。ここにいる限り、コンテは進まない。もし、それでチェックが追いつかなくなってきたら、自分で時間を作って下さい。要は、朝数時間でも早く来ればよい。」

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30日(水)

・5スタ1Fへ行くと、高畑さんが出席するはずの「フレデリック・バック作品集」の字幕���訳MTGが行われていたが、高畑さんが出席していない。聞くと、伝えたけど来ていないという。その場でかぐスタに電話してみると、案の定忘れていた。行かなくても良いんじゃないか、という高畑さんに、字幕監修・高畑勲とパッケージに載る可能性があると伝えると、「あ、やっぱり、じゃぁ、後で行くと伝えておいて下さい」と。

・その後、一向に帰ってこない高畑さん。おそらく字幕の直しが多いのだろう。動画チェックが滞る。

31日(木)

・夜、浅梨さんとジブリのポスプロ担当の古城さんにも参加してもらって、キャスティングMTG。食事を終え、西村から、オーディションを検討していることについて、経緯と理由を説明。高畑さんからも、補足の説明あり。

・スタジオに戻り、高畑さんは、動画チェック。浅梨、古城、西村で、オーディションの動きについて詰める。まずは、実務部隊としてキャスティングプロダクションを即急に決めること。これは、浅梨さんの知り合いで、クィーンズプロモーションというところがあり、緒方慶子さんという女性が評判が高いとのこと。

・スケジュールについては、10代を配役するということもあり、GWと夏休みを有効に使おうということに。4月の上中旬にオーディションの実務部隊(キャスティングプロダクション)を決定し、プロダクションへ声がけ開始、5月のGWにオーディション。7月下旬に録音というスケジュール。

・翁と媼の候補確認も、並行して進め、GWのオーディションでかぐや姫の配役が決定した段階で、確定へと動く。7月下旬の録音に間に合うとベスト。その他は、ある程度、余裕がある。 というようなことを確認して、MTGを終える。

・MTGを終えて直ぐに、高畑さんを車で羽田空港へ。フランスのヴァイユへ。夜遅くなので、45分で到着する。高畑さんの後ろ姿を見送って、45分でスタジオに戻る。往復1時間半。この時間で往復できるなんて。都心からだと、30分というところ。

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1日(金)

・今日から4月。パイロットフィルム完成まで1ヶ月を切った。

・今日はジブリから、お花見弁当と飲料物代500円が支給された。とはいえ、桜も咲き始めたばかりだし、桜を愛でる精神的余裕も現場になく、個々人、机の上で食べる。

・「3月いっぱい休みます」と言っていた安藤さんに電話する。「休めましたか?」と聞くと、「いや、実は全然休んでないんです。今(敏)さんの原画やってて。来週中旬くらいに上がるんですけど」と。西村から「じゃぁ、その後ですね。決心してくれましたよね(笑)」と聞くと、「まぁ、はい。そちらでお世話になろうかと……」ということで、安藤雅司さんが4月中旬から参加することになった。田辺さんの絵を見て決めたわけで、こちらは何の役にも立っていないわけだが、2年間くらい口説き続けたアニメーターが参加してくれるのは、嬉しいものだ。

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2日(土)

・高畑さんはフランス。橋本さんはお休み。

・夕方、松本さんが来訪。松本さんに割り振ったカットは60カットくらいと伝えると、「まぁ、そのくらいなら、3ヶ月くらいですかね」と頼もしいお言葉。田辺さんのスピードが追いつくのかどうか。

・その後、テストカットを見せて欲しいという松本さんにパイロット前に制作した3カットを見せ、田辺さんの手元にあるカットを見せると、松本さん一言、「ちょっと、さっきの話、無しにしてもらえませんか(笑) 」と。その後、みなで軽く食事を済ませ、仕事に戻る。

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