映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


2011年3月7日(月)~3月13日(日)


7日(月)

・夜に男鹿さん来訪。細かい調整は継続中だが、高畑さん、田辺さんの考えに、だいぶ近づいてきている。高畑さんからも「もう安心ですね(笑)」との発言も。

・帰りの車中、高畑さんから「ぼくの考えを100%理解して、打ち合わせに全部出て僕の変わりに喋ってくれて、コンテも全部描いてくれて、音楽も何もかもやってくれる、そんな演出助手っていませんかね?(笑)」と。 聞き流す。

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8日(火)

・鈴木さんにキャスティングについて相談と報告へ。色々と意見を聞いた後、最後に「高畑さんの場合は、とことん話をするしかない。まぁ、西村の好きにやってください(笑)」と。

・絵コンテ、部分的にアップ。もうすぐシーン10が完結。

・夜、みなが食事に行っている間に、濱田くんと話す。この2年間は「かぐや姫」に専念すること、フリーになることを決心したそうだ。

9日(水)

・みな黙々と作業する平穏な一日。

10日(木)

・高畑さん、出社するなり、橋本さんの原画チェック。かぐや姫が邸を飛び出し、走っていくところ。悲しみと怒りで突き動かされるように飛び出し、一目散に都を駆け抜け、山へと走り続ける数カットで、橋本さんのエンピツ線がほとばしる。一同、圧倒され、「おぉ~~っ」と感嘆し、見終わった後はパチパチパチと小さく拍手。さすが「橋本晋治」である。残念ながら、パイロットフィルムには間に合わないが、魅力的なアクションカットになるだろう。

・帰りの車中「橋本さんが入ってくれて、本当に良かった。あのカットは楽しみですよ」と高畑さん。

11日(金)

・制作部長の渡辺さんに相談事があり、喫茶店で話をしようと「くすの樹」へプレマシーに乗って。その道中に、あの地震が起こった。車を止めて、外に出ると地面が揺れていて、目の前の世界が歪んで見えた。電信柱がしなり、ガラスが今にも割れそうに音を立てていた。振り向いて後ろを見ると、道に出てきた人達は、呆然と立ち尽くしていた。

・渡辺さんから「ジブリに戻ろう」と提案。道を引き返してジブリへ戻る。その間も余震が続いている。ジブリに着くと、皆、目の前の公園に避難していた。渡辺さんを降ろし、急いで僕はかぐスタへ戻る。奥さんは避難できたろう、娘はジブリの託児所にいるから安心だ、とか色々考えながら。

・かぐスタに戻ると、高畑さん、田辺さんが、かぐスタMTGルームの液晶テレビに釘付けになっている。みな無事なようで安心する。濱田くんは、家のテレビが落ちたらしく、心配して自転車で帰宅したとのこと(三鷹在住)。タイミングよく、佐々木さん遅刻して出社。ゼロックスの修理担当の方がコピー機を点検している。壊れものもなく、崩れているものもない。

・テレビに目を向けると、津波だった。津波が町を飲み込んでいた。濁流が畑を覆い、家や舟や車が、まるでオモチャのごとく軽々と押し流されていく。画面に表示されている日本地図には、北海道から沖縄まで、大津波警報の白赤線が点滅していた。その後、上空からのヘリコプター中継。海からは、第2波、第3波、第4波の白波が向ってくる。テレビに噛り付く。恐ろしいことが起こっている。

・高畑さんの自宅へ電話をかけても繋がらない。田辺家も。外出している松尾さんの携帯も繋がらず。携帯だけじゃなく、固定電話もパンクしていた。家族にもジブリにも繋がらない。完全に麻痺している。2時間くらいたって、携帯のメールがようやく受信しはじめる。受信メール数が数十件。何かあったのかと思いきや。兄弟・家族間で安否確認のメールをやり取りだった。全員無事で、ほっとする。その後、ジブリから渡辺さん、西方さんが安否確認に訪れた。ジブリも美術館も全員無事と報告を受ける。

・関東、電車ストップとのテロップ流れた後、復旧の目処立たず、という情報を携帯で確認。高畑、田辺両氏に、急いで帰宅すべきと提案。6時にスタジオを閉めて帰宅。その時点で、ガソリンスタンドは行列しており、道はすでに渋滞。高畑さんは吉祥寺で降ろした。買い物に出ていた奥さんと合流するため。その後、大渋滞の中、田辺さんを自宅まで送る。田辺さんを送り届け、西村の自宅に戻れたのは、午前2時半。そのまま、テレビの前で夜を明かす。

12日(土)

・今日は休日。田辺さんは出社する日だが、電車が運休しており、出勤できない。高畑さんも自宅待機。松尾さんと西村は出社したが、各々雑務を終えて早めに帰宅する。

・アニメーターの濱田くんから連絡があった。子供が生れたばかりなので、原発が落ち着くまで実家の高知に戻るとのこと。心配するのも無理はない。

13日(日)

・お休み。

・深夜に鈴木さんからメール。「明日(月)は、原則、休みにします。交通手段の混乱と計画停電のためです。明日以降のことは、明日の午前中に決めますので、連絡を待ってください!」 非常事態だ。