映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


2011年2月28日(月)~3月5日(土)


28日(月)

・高畑さん、バック展の原稿が終わったこともあり、ラフコンテに久々に戻っている。

・田辺さん、3月はコンテ集中月間。とはいえ、上がりの結果だけ見ると、ペースはさほど上がっていない。ゴールデンウィークは、田辺さん、西村は休みなしで出社することになりそうだ。

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1日(火)

・昼過ぎから録音演出の浅梨さんに出席してもらい、MTG。その後、高畑さん、浅梨さん、西村で少し雑談。浅梨さんから、映画のクライマックス前のシーンについて、「倫理的に大丈夫なんですか?(笑)」と指摘あり。「昨今の映画は最後に上手く丸めすぎるんですよ。当たり障りの無いエンディングにしようとしすぎる。それまで面白かったのに、結局最後はまとめに入ってハッピーエンド。丸く収めてしまう。わざわざ面白くなくしているようなもんですよ」と。

・その後、高畑さんからコンテの相談を受ける。高畑さん「同じことしかできないですけど、白い鳩でも飛ばしたい所なんです。バサバサバサバサッって。そのあとに、ポッカポッカっていう馬のリズミカルなひづめの音。トロットです。西洋の馬車だったら、なにしろオープンカーですから、開放的でしょ。それがあの時代だと、全部出来ないんですよ。白い鳩も日本にいたみたいなんですけどね。神社じゃあるまいし、そんなに数が集まっているのか、とか。それにこっちは牛ですから。ゆっくりとしか歩かないんじゃないか。しかも姫が居るのは窮屈で閉ざされた牛車の中。もう、牛でもリズミカルに走らせちゃおうかな。トロットするんじゃないのかな、牛も。」と。

・田辺さんとも、コンテの相談を少し。進みが遅いので、何とかせねば。と、いっつも思うのだが、結局、田辺さんの場合、追い詰める以外に方法が無いんじゃないか?問題は、どうすれば田辺さんのような性格の人を、追い詰めることができるのかだ。

・夜、かぐスタの裏にあるワインバーで、久しぶりに田辺さんと二人でお酒。30分だけ。パイロットフィルムの原画が終わりつつある中で、色々と聞く。ひとまず、問題は絵コンテであるという共通認識はあるのだが、完成まで2年だと話すと、すでに弱気になっている。

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2日(水)

・パイロットフィルム期間の動検をお願いするIG所属の野上さん来訪。沖浦さんの「モモへの手紙」を終えて、今週土曜日から週に2~3日くらい入ってやってくれる予定。特殊な動画システムなので大変だが、今後の量産も視野に入れて、注意事項作成までをお願いする。

・キャスティングのうち、爺さんについては、高畑さんのイメージも固まりつつある。不器用で、朴訥。

・高畑さん、バック展の図録原稿を終えたは良いが、ラフコンテ作業に頭が切り替えられていない。ひとまず、様子を見よう。

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3日(木)

・昼からスタジオでは、動検の野上さん、T2の高橋賢太郎さん、撮影監督の中村さん、ジブリ撮影部の泉津井さん、田辺さんで仕上げ・撮影の処理打ち合わせが行われた。「コクリコ坂から」と仕上時期が丸々被るのが心配。どうにか調整しながらやっていく。

・夜、米林さん、岸本くんと食事。日本アカデミー賞を受賞したお祝いも兼ねて。米林さん「『ゲド戦記』のときは、こうやれば、ああやれば、とか、どうにか良くしたいと思ってみても、自分が出来ることは与えられたカットを頑張るしかなくて、限られていた。そういう気持ちもあったから、『アリエッティ』の話が来た時に、自分のやってきた事とか、考えていた事とかを活かせる、発揮しようと思って、よし!やろう!という気持ちだった。」 「絵コンテ作業は、孤独だった。一人でやっていると、良いのか悪いのかも分からなくなってきたりする。『かぐや姫』みたいに、傍らで居てくれると、絵コンテなんかでも、良いとか悪いとか、言ってもらえるだろうし、それだけで違うと思う。何より心強いはずです。」 「(映画にするなら、)アニメーターがどうやって動かすんだろう?って、ワクワクするようなお話がやりたい」と。アニメーターとしての会話というより、演出家としての会話が多く、さすが一本の映画を演出した人の会話だった。西村から率直に「アリエッティ」で良かったシーン・カットと、好きでないところも伝えたのだが、こちらが話している間は、じっと黙って、こちらの目を見続け、真剣に聞く。真摯な態度は、次作を確信している証左だろう。とはいえ、次の企画については、主体的に何かを準備しているわけではないらしい。「急にまた3ヶ月でコンテ書け!なんて言われるんじゃないかと本当にビクビクしてるんです」と。 だったら、先に準備しちゃえば良いのに。

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4日(金)

・午前中、田辺さんの調子を聞いていたら、弱気になっている。4年かけたいとか、3年かけたいとか、作監は不要なのじゃないか、とか。田辺さんの不安の元凶は、全て絵コンテの進みが悪いことにある。要は、このまま入って行くと、絵コンテ作業で時間を取られ、チェックがおろそかになるのじゃないか、という不安があるわけだ。さらに参加する原画スタッフは上手くて手が早い人ばかり。すると手空きを作っちゃマズイということで、必然的に絵コンテにプレッシャーがかかる。そこまで想像しているのだが、であれば、「自分の映画なんだ、毎日4時間余計に働けば済むじゃないか!」と叱りたくなるが、朝っぱらから怒りをぶちまけてもしょうがないので、そこはグッと我慢して、「ま、パイロット終わりでまとめて考えますから。」とだけ伝える。しかるべきときに田辺さんの考えを、厳しい所に持っていかないといけないだろう。

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5日(土)

・本日から、パイロットフィルム期間の動画検査として野上さんがイン。他社作品と平行しての作業になってしまうが、今後、週に2~3のペースでスタジオに入って作業をしてもらう。

・昼の2時から、録音監督の浅梨さん来訪。効果の大塚さんをつれて。キャスティングMTG。このMTGは、ぶっ通しで12時間続くことになる。

・かぐや姫については、かぐや姫の12歳から18歳くらいまでを一人の人物で演じる前提で話が進む。方法は二つ。大人に子供時代も演じさせるのか、子供に大人も演じさせるのか。大人が子ども時代を演じるとなると、声を一段高める以外に方法がない。一方、子どもが大人を演じるとなると、大人の演技が果たして出来るのかと言う問題にぶつかる。それは相当難しいということで、前者の、「大人が子どもも演じる」ということに暫定的に決めて、キャスティングを始める。

・皆から提案された女優の参考映像を次々と見ていく。途中、もう少し若い女優をということで、10代の女優の声を聞き比べてみたのだが、多くが囁くようなウィスパー系の声で、芯のある声が少ない。

・参考として観た映像では、「自分から何かアクションを起こす役を演じている女性は少なく、基本は何かに反応する演技が多い。たとえば、男性に言い寄られる女性とか。そもそも、そういう映画が多いわけで、そういう演技しか出てこない。現代になってもまだ、日本人女性は、映画の中では受身なことが多い」と高畑さん。

・翁は、大滝秀治さんの20歳若いころ。声に野太さがあるのでなく、何かに歯向かおうとして頑張っても、勝ちきれない声。ハスキーすぎて年寄りの印象が強すぎてもダメ。逆に若々しかったり、低すぎたり、凛々しすぎてもいけない。絵コンテでも、大滝秀治の20年くらい前の演技が頭の中にあったということで、そのイメージに一番近い人を探す作業となった。探す方向性としては分かり易いのだが、大滝秀治さんの代わりになる人などいるのか。色々と案を出し合うが難航する。ふと、地井武男さんなんかどうかと提案してみる。高畑さん含め、一同、「あ、地井さん、良いかも。うん。」となり、第一候補は地井武男さんとなる。

・嫗は、母の包容力。日本の母。キャラクターが太り気味なので、最初のころは、太目の役者を探してみたが、違う。

・五人の求婚者については、2つの方向で議論した。ひとつめは、"実写でやるとしたら誰が演じるのか"というアプローチ。キャラクターの造型と、役者の容姿が似ているなら、声質も近いだろうし違和感がない。さらに、高畑さん「そのキャラクターの裏で演じている役者自身を想像する人がいても良い」という考え。その五人の求婚者に関しては、高畑さんから具体的な役者名がピンポイントであがる。

・雑感だが、声の役者を選ぶ際、特に本作のようにプレスコの場合は、結局のところ、高畑さんが役者を知っているか否かがポイントになった。監督にとっては、「あの作品のあの感じ」というイメージで役者を選び、録音の際に演出付けするのが基本なのだろうから、当然と言えば当然。それに高畑さんは、(自分が最終責任を負う物事に関しては、) 人の提案だけで決断することはない。色々な提案を受けて、自分の思考を十二分に通してから決断する。だから、高畑さんが既に知っている役者と言うのは、話が早い。しかしながら、その「知っている役者」の中に候補者がいない場合は、とことん見て、聞いて、高畑さんの中にイメージを作ってもらうしかない。

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