映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


2011年2月21日(月)~26日(土)


21日(月)

・西村、椎間板ヘルニアで歩行困難。今日も休む。

22日(火)

・西村、昼から出社。早速、松尾さんから諸々報告を受ける。

・高畑さんが鑑賞してきたオペラの話題。見に行っていたのは、使用を検討している「誰も寝てはならぬ」が使われているオペラ「トゥーランドット」。その後"恋愛映画"の話になり、高畑さん「この映画(『かぐや姫の物語』)は、恋愛映画でしょうか?いや、恋愛映画じゃないですね。出会ってから、すったもんだがあって、結ばれました、というのが恋愛映画の型だとすれば、そうはなっていないですから。他の映画はどうやってるんですか?恋愛映画って。というのも音楽が関係しているんだろうなぁと思うんです。」 西村「高畑さんが言っていた型が基本で、あとは最初に惚れるか、最後に惚れるかの違いじゃないですか。一目惚れか、そうじゃないか。」 高畑さん「一目惚れって、どうやってるんですか、最近は?」 西村「基本的には映画の中で初めて登場する美男や美女の出会い、これが恋愛対象か主体かになることは明らかですよね。実写は得です。あとは、それを映像的にどう強化しているか、ってことでしょうけど。ベタなものでは対象の登場シーンでスローモーションを使ったりする(笑)。一瞬が、とっても長く印象的に思えた、という心理を表現して。まぁ、それは行きすぎですが、多いのは、対象をカメラに正対させて見せておいて、次のショットで主体の斜め寄りの画面。心理を察して下さいね、という作りですかね。」 高畑さん「うん、分かりますね。でも、いや、恋愛にしたいっていうんじゃないですけど。そういうところで音楽って使うでしょ。」 西村「イーストウッドも、そういう使い方をしてました。人との触れ合いを避けてきた男が、料理教室で美女と出会う。そのとき、男が何を感じたのかは、無表情な人物なので、わかりにくい。でも、そこで『ネッスンドルマ』が流れるわけです、うっすらと。ああ、この二人の間に、今、愛が芽生えつつあるぞ、と感じられる。」 高畑さん「効果的でしょうね。こちらも、関係を充分に描いているわけじゃないから、音楽の力を借りたいのはあるんですけど、後半にウワーッと盛り上がる音楽って、そうそう無いんですよね。」

・その後、バックさんの原稿の相談を受ける。まだ終わってない。

・夜、念のため、いつもより早めに帰宅する。腰痛対策。

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23日(水)

・朝、原画の濱田くんと立ち話。子どもの夜泣きに付き合っていて、寝不足らしく、目が真っ赤。西村から担当カットの個人的な感想を伝える。 濱田くん「えっ、そうですか?よかった(笑)。求められるレベルが高くて、付いていくので必死ですけどね(笑)」 西村「田辺さんも"いやぁ、濱田くん、助かりますよ。こんなにやってもらって"って言ってましたよ。」 濱田くん「そう、ですねぇ。もう、こんな感じかなぁ、とかでやっちゃってるんですけど」と。

・田辺さん、出社するなり、佐々木さんが担当しているカットの原画チェック。ちょっと見て欲しいと呼ばれる。意見を言っていたら、田辺さん「ちょっと、(修正を)二案のどちらにするか迷ってるのがあって、これも意見くれますか」と。答えると、田辺さんもそっちが良いのではないかと思っていた方だったらしく、「あぁ、よかったです。じゃぁ、こっちにします」と。背中を押すのも大事な仕事。

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24日(木)

・昼に浅梨さんが来訪。絵コンテを読んでもらい、高畑さんから浅梨さんに、かぐや姫、翁、嫗というメインキャラクターに関して、性格や背景などを説明してもらう。具体的なキャストの名前も、ちらほらと。

・高畑さんのバック展図録用の原稿がようやく完成した。読ませてもらう。力作。

・夜、田辺さんから「たまには皆で夕食行きませんか?」とお誘い。原画も順調なので皆で行く。少人数だが、現場の雰囲気も良くなってきている。

25日(金)

・腰の痛みが、消えてきた。一昨年は3ヶ月ぐらい激痛が続いたが、今回は3日で痛みが引いた。

・夕方、濱田くんから相談事があるとのことで、下の喫茶店ハイクで1時間ほど話す。パイロットフィルム後も継続して「かぐや姫」をやりたいと思う一方、心配事もあるという。内容は2つ。この作品は、①いつまでに完成させるのか、②自分は役に立っているのか。修正が多く、迷惑をかけているのではないか。

・①について西村の返答: 公開時期は確信をもって返答はできない。しかし、現場のことで言えば2年で完成させる。それが作品にとって一番良い期間だと、色々な人と話すうちに見えてきた。現在、絵コンテは1/3までしか出来ていないが、プレスコが終われば近似的な全体尺を出すことができ、原画以降の全工程について、2年で作るための人・物・金に見当をつけられる。また、懸念される絵コンテも、役者の声があるならば、田辺さんもイメージを掴み易い。2年で完成させる上での障害は、徐々に少なくなっていくと思う。

・②について西村の返答: 第一に、高畑、田辺両氏ともに「助かっている」と言っている。何度も修正が発生している点で困惑しているということだが、それは高畑さんなりのやり方だ。「ここまで近づいたなら後はこちらで」といって作監に任せることが多いかもしれないが、高畑さんは、とことん修正させる。それを、高畑さんは「アニメーターへの礼儀」だと思っている。引き揚げて作監が修正してしまえば、その人が描いた痕跡さえ残らないということも起こりうるが、それを極力避けたいという思いがある。現状、濱田くんの原画については修正が多いとのことだが、それ自体が期待の現れであることを認識しておいてほしい。つまり、「この人だったら、任せても、もっと良くしてくれる」ということ。もちろん、「こりゃダメだ!」となったら、高畑さんも、田辺さんも引き揚げるが、濱田くんの場合、そうなっていない。それと、高畑さんは滅多に褒めない。「一緒にやるとこちらが決めたということは、それ自体が"あなたを認めています"という評価。毎回毎回、うまいですね!とか凄いですね!とか、褒めなきゃならんのか」と思っている人だから、今後も、感触を掴めないということが出てくるかもしれない。そういう場合、これに限らず、何か不明なこととか出てきたら、都度、相談してほしい。僕は高畑、田辺両氏と率直に話しているので、色々と解決できることもある。

・また、前に言っていた指示と、その後の指示が変わって困惑するというのも、分かる。ただ、そこにはお付き合い願いたい。なにせ、パイロットフィルムと言うこともあり、作り方も特殊で、画面も特殊な作品なので、原画があがって、見てみて初めて明らかになるということもある。ときに、演出に確信があって進めているわけでないカットも出てくる。橋本さんも既に、一度それで困惑した。とはいえ、前提として言えるのは、高畑、田辺両氏が求めているのは、具体的な指示を守ることでなくて、「感じ」が出たかどうか。具体的修正指示が重要な場合もあるだろうが、むしろ、そのシーン、カットで表したい「感じ」のほうが彼らにとって重要。高畑さんは、「感じっこ」というものを大事にする。多少の動きが違っても、「あぁ、感じでてるじゃない!」というものを求めている。その「感じ」を出すために、説明を求められたりすると、ついつい具体的な指示に行くが、それは一つの選択肢であって、それが実現できれば即OKという類のことではない。具体的指示に従ったとしても、高畑さんが出したい「感じ」が出ていないのならば、それは不合格。要は「感じ」が出ているか、そして、アニメーターにとっては、高畑さんが求める「感じ」を掴めるかどうかが大事。ここが恐らく難しい。その「感じ」を掴むまでに、田辺さんでも1年かかった。濱田くんも「感じ」を掴めれば今後スムーズに行くだろうが、いつ「感じ」をつかめるか、これは分からない。ここから半年、一年とやってみて、「やっぱり感じがつかめない」ということであれば、そのときに相談しよう。こちらから相談を持ちかけることもあるやもしれない。ただ、この「感じ」を掴む、「感じ」を出す、というのは、最終的に濱田くんにとって相当な力になるはず。それは演出家の言外にあるものを汲み取る能力だろうから。引き揚げず、何度もやらせることで、アニメーターの力量の上限は、否が応にも上がるはず。シーン、カットで演出家が出したい「感じ」を掴む訓練は、あるカットを任される原画マンとしても今後の濱田くんにとって大きな力となる。事実、高畑さん作品のクレジットを見てもらえば分かるが、「おもひで」「山田くん」と、当時、新人、中堅だったアニメーターが現在の業界を引っ張る原画、作監になっている。高畑さんとの現場を切り抜けたことが大きいのではないかと個人的には思っている。

・濱田くんは納得してくれた。「こういう話を聞けてよかったです。安心して作業できます」と。

・夜、「借り暮らしのアリエッティ」の監督・米林さん、脚本家の岸本氏と食事。が、米林さんは風邪を引いたらしく不参加だった。

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26日(土)

・休みの土曜日。田辺さんと西村は、出社。田辺さん、昨日の濱田くんとのMTGを気にしていたらしく、色々と話す。その後、田辺さんは絵コンテ作業に集中。西村は雑務をこなす。