映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


2011年2月14日(月)~20日(日)


14日(月)

・みな静かに黙々と作業している。3連休明けということで、みな若干ボケ気味。

・絵が出来てから声を当てる(アフレコする)一般的なアニメーションと異なり、「かぐや姫の物語」は、声を先に録音してから絵を作る。これを「プレスコ」とか「プリレコ」と言う。パイロットフィルムで作画するカットは、台詞が無いから良いが、今後入っていくカットのためにプレスコの準備も必要だ。

・「キャスト・人物表」を作成し、高畑さんに見てもらう。プレスコが必要なキャラクターに関しては、高畑さんの確認がとれた。問題は、かぐや姫。かぐや姫は0歳~18歳くらいまで成長する(プレスコは12歳以降だけだが)。成長するキャラクターの役者を選考するに際し、どこで声を区切って考えていくべきか、高畑さんと立ち話。

・夕方、高畑さんが皆に質問して回る。高畑さん「いま、日本で一番のアイドルって言ったら、誰ですか?」と。佐々木さんと松尾さんが揃って「AKB48」だと。高畑さん「うーん、そういうんじゃないんですよね。」 そこに偶然来訪したジブリ撮影部の泉津井さん、高畑さんから同じ質問を受け、同じく「今だったらAKB48でしょう、やっぱり」と。高畑さん「うーん、もしかして、もうアイドルって、いないんですか?」と。西村「山口百恵さんとか、所謂アイドルってのは、もういませんね。アイドルじゃないけど、人気のある若手女優ってことになると、たとえば、新垣結衣さんなんかは実写でかぐや姫を選ぶとすると第一に候補としてあがってくる女優ですね、おそらく。それと、蒼井優さん。彼女も実力派として必ず名前があがる。個人的に注目しているのは、井上真央さんという女優ですけど。」と意見。

・夕食を食べる頃になると、外は大雪。20時に、男鹿さん、長靴で登場。前回のMTGでお願いした着彩ボード数点と、竹林の絵を持参。とくに着彩ボードに関して色々と議論がなされる。が、方向がまだ定まらず。橋本さんの原画を取り込んだものを皆でモニターでチェックし、男鹿さんにもカットのイメージを把握してもらう。外は大雪、遅くなったので、続きは明日やりましょうということに。

・MTGを終える頃になると、雪が相当積もっていたので、西村が男鹿さんを車で送る。車中、これまでのところ、どうですか?との西村の質問に、男鹿さん「なかなか手が遅くて、追いついてなくて申し訳ないけれども、なんとかね、高畑さん、田辺さんが考えている所に近づけるように頑張ってるんだけども、まだ近づけてないですね。今日、見せてもらった田辺さんのイメージ画も、あの線の太さとか細さとか、なにか一定の法則があるかというと、そうじゃないんですよ。ああいうのは難しいんですよね。田辺さんの感覚だから。あの感覚を掴むのに、少し手間取っているんですよね。でも、彼の絵は本当に良いから。余白の残し方とか、さすがですよね。センスがある。ご心配おかけしちゃうけれども、どうにかして近づこうと、やっていきますよ」 西村「田辺さんは、映画的なところを考えているわけじゃなくて、それこそカット単位でやっているので、色彩とかは高畑さんも、あれで正解とは考えていないんです。今日も、男鹿さんの過去に描いた橋の絵のところを見つつ、画面内のコントラスト、濃淡があったほうが良いのか、とか行きつ戻りつしましたでしょ?そういうときに男鹿さんの意見も大事になってくるので、お付き合い願って(笑)。あとは、いざ量産というときに、あれ?男鹿さんしか描けないや、となると困っちゃうんですけどね」 男鹿さん「うん。最初は、そういうことも考えてやっていたんだけども、もう、こうなると、そこを考えてやってられないので(笑)。一応、頭の片隅にはあるんですけども、あとあと、ということで(笑)」と。

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15日(火)

・朝一、田辺さんと立ち話。昨日の男鹿さんのMTGで、男鹿さんが出してきた着彩、ボードに関して、もう少し感想なり、意見なりを伝えるべきじゃないか、と提案。男鹿さんも田辺さんの考えに近づこうと模索している中、出してきたものに感想を言わないというのは、余計に迷ってしまう。自分が描いたものが、どうなのか。違うのなら、どっちに行くべきかということのヒントが欲しいはず、と伝える。

・2時から、男鹿さん。雑談終わり、高畑さんから男鹿さんに対して、改めて男鹿さんにお願いしたいことは何なのかについて、細かく説明。高畑さん「昨日見せてもらったやつも含めて、僕自身まだ良く分かっていない部分もあって、明確な感想なんかを伝えられていないのは申し訳なく思っているんですが、その、この作品を作るにあたって、一応、意向はあるんです。理念はある。あるんだけど、どうなのか、どの程度なのかという問題はあって。そこらへんゴチャゴチャしてるんで、なかなか明確なことが言えない状況なんですね。理念的に言うと、「山田くん」なんかでやったことの……その、マンガというものは、良く知っているものは描かなくて良いですよね。そういう精神でやっている。藤子不二雄とかのね。八畳間にちゃぶ台一つしか描かないけど、実際にはもっとゴチャゴチャと色々あるわけで、でも、それは知っているでしょ、みなさん知っていますよね、何があるか。だから描かなくていい。想像してもらえば良いわけだから。ってことで、それを受け継ぐのなら、「山田くん」で、受け継ぐのなら、描いてないということに関して、それがおかしくない様式が必要になってくるってことで、ああいう風にやったわけです。今度、展覧会をやることになっているバックさん、フレデリックバックさんなんかも、似たようなことでやっていってるわけで、人物が動くと、そこに空間が現れてくるようなね。その、空間は描かれているんだけど、それは暗示されているにすぎなくて、人物が動いて初めて、空間が立ち現れてくるという。そういうことも関係しているのかなと思っているんです。

・「山田くん」のときは、美術スタッフは辛かったんだろうと思うんです。あんなね、着彩ボードなんていうのをやっているわけだから。面白くなかったんじゃないか、で、そう思われても仕方ないですよね。会議室で、シーンでまとめて着彩ボードを見たりして、キャラクターの余白の参考にしたり、美術はっていうと、それのキャラクターの抜いたものを描いてもらったりするわけで。でも、その効用ってものはあって、あの夕陽のシーンってのがあるんですけど、全部を線で、その光線を、線で描いたらどうなるかって。心配だったけど、ギラッとした日差しの強さが出て良かった。

・で、この間、僕は、やっぱり緻密なのじゃなくて、余白とか力の抜いた画面とかを考えてきていて、彼(田辺さん)なんかも、自分で考えて実践してきたわけです。お茶のCMとか、あと何だっけ? (田辺さん「旨茶のCMと、読売の瓦版というやつと、どれどれの歌というのと、あとは佐藤好治さんに頼まれたゲームが一つあるんですけど」) こうやって、その、色々と実践してきてるわけで、今回の「かぐや姫」も、企画した時から、彼の持っているものを、というのがあった。ただ、これまでと、本作は違うのではないか、という思いもあって。ここにこうやって出している絵も、僕はここで初めて見るんですけど、(田辺さんに向って) やっぱりね、これで通すことは出来ないと思うんです。映画だから。いろいろな言い方があるんだと思いますよ、これじゃぁ、見ててすぐに飽きてくるとか、2時間は持たないよ、とか、いや、あるんです、映画だからね。画面が持っている、密度というと少し違うんだけど、力と言うか、そういうものは必要なんです。あっさりと抜けている感じは欲しいんだけど、だけど、同時にグッと惹きつけるものがなくちゃいけない。

・で、結局、何故その話に戻ってるかと言うと、作り手である男鹿さんや田辺くんの力を借りて、これから作っていくわけですけど、この映画は、その、そのままリアル志向で行くと、まぁ例えていうなら、ジブリアニメでやると、面白くならんのじゃないかと。寝殿造りなんか、前からいっているわけですけど、建物として全然面白くないですよ。それをリアルにやったところで、面白くならないと思うんですね。だから、何らかの単純化、生活の局面にいたっては、「山田くん」のような、「山田くん」ほど行くとまずいけど、単純化は使えるんじゃないかって。でも、「山田くん」は、みんなが知っている世界を描くわけだから、あれで良かったわけですけど、こちらはそうも行かない。リアリティを確保しながら、同時に単純化がなされる必要があると。山編なんかは別の考えが必要になってきます、もちろん。人物の行為だけじゃなくて、その空間についても実在感が必要ですよね。極度な単純化ではなく、密度が必要。こちらにグッと迫ってくるものが必要です。

・前の回のときに、いきなり着彩をお願いしちゃったわけですけど、もう一度、こういうのを少し説明する必要があるなぁと思って。男鹿さんに、どう描いてもらいたいかということですね。男鹿さんにそもそもお願いしたいと思って、やってもらいたいと思ったのは、寝殿造じゃない。山を描いてほしいと思ってお願いしたわけですから。けれど、パイロットフィルムがあるのもそうですけど、山じゃくて、都を描いてもらうということに、現状、流れの中でなってしまっている。それはこちらが、当初、期待したことじゃなかったし、男鹿さんも都の舞台を描くにあたっては相当な混乱があるんじゃないかと、勝手に思ってるんです。ただ、パイロットフィルムには必要で、まぁ、量産したときには男鹿さんの下に別の人を立ててとか、そういうことも含めて考えてもらいたいですけど、それだけじゃなくて、映画としてどういう色調で、どのくらいの密度でやっていくかっていうのはありますから、そこも含めて、男鹿さんに一緒に考えていって欲しい。そのときには、ここにいる田辺くんが、あるイメージを持っているわけですけど、折衷というわけではなくて、男鹿さんの持っているもの、考えているものと、考えと、田辺くんが持っているもの、その両方をどういうふうに映画の中に共存させることができるのか、折り合いは可能じゃないかって思ってるんです。そこを、あまり時間はないですけれど、模索していきたい。せっかく線で描いたのに(線が持っている)力が失われるのはマズイし、けれど、リアリティは失いたくない。力を減らしたくはない、モノの持っている力を出したいと。そういう時に、どう美術が共存するのか。一方で、田辺くんのやってることは面白いと思ってはいるけれど、自然(リアリティ?)が欲しい。田辺くんが、こういうふうに出しているラフの絵なんかも、これで行けるとは思っているわけじゃなくて。今は、男鹿さんにお願いしたこととは別のことをやらせてしまっていることになるけれど、量産に入るときに、男鹿さんの他に立てる人、どういう人が必要かも含めて、どういう風に分けていくのか、男鹿さんにも一緒に考えて欲しいと思ってるんです。寝殿造りについても、どういうスタイルがありうるのか、結局、山編と隣接するわけだから全体のバランスというものは必要で、協力して欲しい」

・男鹿さん「着彩ボードなんかも、昨日、西村さんから『山田くん』のときは、ほぼ全カットに着彩ボードを作ったと聞いて、そこまで、全カット必要かなぁとか、思ったりもしたけども。その、キーになる場面とか、シーンとか、このあたりはこれで良いというのが分かれば良いかと、思ったりもね、したんです。それで、寝殿造については、やる気でいましたから、それは必要なことだと思っていますし。もちろん、本格的に入っていくときには、この部分は誰かにやってもらって、というのは出てくるとは思うんですけども、そこはやるつもりでいます。着彩ボードも、こういう風に田辺さんから出してもらって、こういう感じでとなると、実際、そんなに時間がかかる美術でもないと思いますし、こういう風に出してくれると、ああ、こういう感じでと、やりやすさもあるわけなので。だから、これを、その、こちらが描いていくのかとか、田辺さんが今後もこうやって出してくれるのかとか、分からないけれども、あるとイメージが掴み易いというのはありますよね。」

・高畑さん「今、男鹿さんに描いてもらっているのも、その、いっぺんサラッとしたものに行ってみて、そこから模索するほうが良いんじゃないかとも思っていて。どうなんでしょうか?ああ、これじゃぁ、力がないねとか。そういう方向で一度、やってみたら良いんじゃないかって。それと、着彩ボードについても、こうやって見てると、線を描いてから、色を塗るってだけじゃない。そうでしょ?キャラクターも描きこんで、それで塗ってから、全体のバランスを見て、線を加えている。」 (田辺さん「そうですね」) 高畑さん「そうなると、どうやって進めていけば良いのかっていうのはあるんですけどね。まぁ、とはいえ、こういうパイロットフィルムのために作業を進めるってのは、あるんですけど、一方で並行して、並行してというより、それが先かな?そういうところを考えていくというのを、ちょっとやっていけたらって。」

・男鹿さん「両方できたら、良いんだろうけれども、じゃぁ、そっちをやってみます。いいですか?」 西村「本番の美術背景にどのくらい時間をかけるのかってのはありますけど、それほど時間は掛からないってことですし、ひとまず10カットなので、3月中旬までは着彩を含めた模索、そこから3月末まで、約2週間を本チャンの美術作業という感覚でしょうね。それで、どう、松尾さん。塗線動画が間に合うかどうか。」 松尾さん「うーんと、ええ。」 高畑さん「いや、パイロットフィルムの塗線に関しては、田辺くん側で、こういうものを作っているわけだから、平行して、それでやっていけますよ、充分。大丈夫ですよね?」 田辺さん「えっと、はい。ええ。」 ということで、3月中旬まではスタイル模索、中旬からパイロットフィルムの美術作業に移行していくことに。

・その後、男鹿さんのこれまで描いてきた美術ボード30枚ほどに、テストカット用に作成した翁のセルを簡易で重ねたものを皆で見る。高畑さん「もう、コレ見るとね、嬉しくなりますね。あぁ、大丈夫、いけると」と。途中、山の家屋内の美術が映し出され、高畑さん「あ、これ。この余白の感じとか、光の感じとか、寝殿造に活かせますよ。これで行けるんじゃないかな、さっき色々と言ったけど、これは応用できるんじゃないですか?美術の線の抜き方とか密度とかも、これが参考になると思います、うん。いけるいける!」と。当該背景は、「おもひでぽろぽろ」のスタイルに近いが、若干余白を多くし、密度を抑えた人の手が感じられる揺らぎのある実線で構成されている。実線が強調された田辺キャラクターを載せると、見たことがない新しさを感じさせる画になっていると思う。とはいえ不思議なことに、既見感もまた感じさせる。その他、色々な背景を見比べつつ、約4時間のMTG、終了。

・夜の20時に、アニメーターの安藤さんが来訪。テストカットを見て欲しいと連絡し、来てもらう。

・色々と話しながら、高畑さん「もう、やってもらいましょう!」 田辺さん「ぜひ、お願いします」と。 安藤さん「西村さんに田辺さんのキャラクターを見せてもらったときから、興味はあるんですよ(笑)。もちろん、前向きに考えています。」

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16日(水)

・高畑さんはバック展の原稿が難航、田辺さんは原画チェックに注力しすぎていて、絵コンテの進みが相当悪い。どうにかしなければ。

・橋本さんの動画は、実際の筆(水彩)でタッチを描く特殊な動画にすることに決まる。水彩動画……。

・濱田くんの宴会シーンの1カットを田辺さんがチェックしてる。見せてもらう。良い出来。

・佐々木さんの原画3カットを、田辺さんがチェック中。残り原画1カット。追加で出来る分は追加していく。

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17日(木)

・昨日から、娘が高熱。それが新型インフルエンザだったとの連絡が、昼前に奥さんから。管理部と相談するも、規定どおり両親ともに3日間は自宅待機せよ!との指令があり、やむなく帰宅。

・以降、制作・松尾さんのレポート。

・【高畑さん】 明日18時にオペラの予定を入れていることが発覚。スタジオを出る16時半までに、明日アップ予定の濱田くん、佐々木さんのカットをチェックして頂く。

18日(金)

・【高畑さん】 本日は16時半に退社。オペラ。フレデリックバックさんの原稿はやっと軌道にのることが出来たそう。今週には原稿を終わらせて来週にはかぐや姫に集中したいとのこと。

19日(土)

・【高畑さん】 スタジオ内をうろうろしていまいた。バックさんの原稿は今週終わるか怪しい雰囲気。

20日(日)

・お休み。

・インフルエンザから回復して遊びたくてたまらない娘を「高い高い」してあげたはいいが、腰に激痛が走り、そのまま崩折れる。椎間板ヘルニアの症状が再発。

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