映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


2011年2月7日(月)~10日(木)


7日(月)

・帰りの車中は、バック展図録原稿の件。ああでもない、こうでもないと高畑さん迷走中。高畑さん「結局、バックさんの生い立ちからバックさんを語るというのが、自分の中で面白くなったものの、結論ありきで書き出した原稿じゃないんで。ようやく、あ、結論が見えかかってきた!と思ったら、あれ?これって別にバックさん固有じゃないじゃないって。もう、ゴチャゴチャです。」 西村「そもそも、なんですが、バックさんって一般の人は誰も知らないですよね?でも、チラシの裏には恐らく、アカデミー賞を受賞云々の文言が載る。ほぉほぉ、映画は凄いらしいぞ、と。ただ、展示会で飾られる絵の多くは映画と関係ない。バックさんという一般の人が知らないアニメーションの作り手が、映画とは関係なく描いた風景画。高畑さんは、その風景画が描かれた背景を語ろうとしている。」 高畑さん「根本に立ち返らざるをえないですね(笑)。困ったな。」 西村「バックさんの絵って、良いんですか?」 高畑さん「いやぁ、ははは(笑)。一枚絵で見るには厳しいかもしれない。」 西村「だとしたら、なんで、見る必要があるんでしょう。現代美術館に、今、なんで、足を運ぶ必要があるのか。バックさんの絵を、なんでこの夏に見るべきなのかを教えて欲しいですね。」 高畑さん「うん、なるほど。」 西村「いや、最近思っていることなんですけど、世の中が、経済も大混乱、エジプトとかチュニジアとか国際政治も不安定でしょ。日本は?って言ったら、TPPだの消費税だの、もうひっちゃかめっちゃかで。それで、一瞬、そういうのを見ていると、世の中がより複雑化している、かのように思えてくる。それでみんな振り回されて。でも、果たしてそうだろうかって。もっと腰をすえて、見ておくべきものがあるんじゃないかって。そこらへんにバックさんの絵のこと、なんか繋げられるかなぁって。高畑さん、こう言ってましたでしょ。バックさんは、失われていく景色を、歴史を描き続けた男だって。なんか、つながりそうな気がするんですよね。一種の視座を与えてくれるような。」 高畑さん「要は歴史、ですね。未来を生きるときに指標となるのは、未来がどうなるだろうってことじゃなくて、過去はこうだったんだ、ということですか。うん、うん。なるほど。ちょっと、それ、覚えていてください。いや、僕も覚えています。あ、メールして下さい。あ、やっぱり、明日!」と別れる。

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8日(火)

・田辺さんと「かぐや姫の物語」に登場する御門(みかど)のイメージについて話す。NHK「歴史秘話ヒストリア」で後醍醐天皇を特集していたので、NHKオンデマンドで当該番組を見つつ話す。高畑さんは、ずいぶん前に花園天皇をモデルに出来るかと考えていたが、貴族の一人に、その人物像が吸収されており、キャラクターが被る。新しいイメージを模索し、天皇家の写真をネットで見る。大正天皇はどうです?と聞くも、「うーん、線にしちゃうと同じですね」。田辺さんからは秋篠宮はどうですか?と聞かれるが、「烏帽子を被ったら面白みがないですよ」と意見交換。模索が続く。

・泉津井さんが橋本さんの原画にカメラワークを付けてくれた。さっそくチェック。高畑さん「うん、よかった。面白いカットになりました!」と両手でパチパチパチ。当該カットに、大きめの月を追加。逃走するかぐや姫だが、その行動は全て「月に見られている」。

・高畑さん、バックさんの原稿について相談してくる。「すみません、昨日、言ってたこと、もう一度言ってもらえますか?」と。やっぱり覚えていなかったので、もう一度、話す。高畑さん「昨日はああいったけれど、バックさんの絵をもう改めて見てみたら、良い絵が多いんですよ。ほっとしました(笑)」と。

・スタジオ外で電話して戻ると、制作の松尾さんが高畑さん、田辺さんとMTGルームで春以降の原画スタッフについて相談している。様子を見ていると、高畑さんの声がイライラしているのが伝わってくる。話がまとまりそうな気配なし。どうにもならんと思い、目の前のスーパーでみかんを買ってくる。イライラモードのMTGに差し入れ。

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9日(水)

・2時から浅梨なおこさんとMTG。「かぐや姫」の録音演出をやってくれないか、という相談。冒頭1時間は雑談。浅梨さんの仕事の話になり、浅梨さん「もう実写はボロボロになっていますね。ある時期、広告代理店のプロデューサーがドドドっと映画に流れてきたのが原因じゃないかって。そういう人達は、この役者が出れば何億は手堅いとか、CMを作るような感覚で映画を作っている。脚本なんて満足に練られていないですよ。現場は、これで作るの?って思う時もある。脚本家が育つ土壌もないし。一本の脚本を、脚本家と監督で練りに練るっていうのは、もう昔の話。当然、脚本家も育たない。」

・浅梨さん「そもそも、上の世代の人達は、人が育たないと不平をもらすけど、育てようとした試しがない。あんたたち、育てようとしたことあるの?って(笑)。俺たちは教えられてない、自分でやってきたんだって言うけど、時代が違う。無から作ってきた人達は、無の有り難さが分かっていない。今更、無に戻るわけにはいかないんだって。自分たちは、教えてもらったという認識が無い、だから、見て覚えろって。でも、今は違う。教えないといけない。それほど下の人間が育ってない。そういうことを自分もやらなくちゃいけない年になってきたかな、という問題意識はある。」

・高畑さん「無には戻れないっていうのは、面白い。その通りでしょうね。でも、日本人は教えるのが下手すぎますよ。僕らは幸せな時代を生きたんでしょう。出来るかどうか分からんけど、場を与えられて、とにかくやるしかなかった。ジブリでも、東小金井村塾なんてのをやったりしたけど、効果がなかったんじゃないかな(笑)。宮さんも、うまく出来ていなかった。人のことは言えないんだけど(笑)。ジブリなんかも、ああいう形でやっている以上、育つわけがないと一時期、言ってたんですよ。テレビシリーズをやるべきだって、提案したことがあったんだけど、それが理由なんです。最近は、(宮崎)吾朗くんとかが、場を与えられている。これがどういう結果を生むか。」

・雑談後、脚本を手渡す。高畑さんから音方面で考えていることを、西村から作品の大枠の説明と、浅梨さんにやって欲しいことを伝える。浅梨さん「え、これ、どう返答すべきかな。じゃぁ、やりますってことで。ハハハ(笑)途中でダメこりゃ!ってなるかもしれないですけど。力になれるかな?とりあえず頑張ります。ハハハ(笑)」と。快諾してくれた。ほっとする。これから。

・浅梨さんから電話くる。作業を始めるにあたって、キャスティングマネージャーに2、3声を掛けたら、みんな前向き、とのこと。

・帰りの社中、音楽家の候補として坂本龍一さんの名をあげてみる。その後、スコラの番組、バッハ、民族音楽、オスティナート、バグパイプ、二音、和音、ドミソ、主和音、マーラーは主和音に回帰せず漂い続ける等々の話題。

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10日(木)

・テレマン・浦谷さん来訪。高畑さん「嫌な予感がしますね」と言っていたが、とにかく会う。高畑さんにお願いがあって来たらしい。まずは、内田吐夢監督の話題から。浦谷さんが子どものような顔で話す。「ぼくね、内田吐夢の大ファンなんですよ。内田監督って、『かぐや姫』を企画していたんですよね。」 高畑さん「よくご存知ですね」 浦谷さん「『ちゃんばらグラフティー(斬る!)』を演出したの、ぼくなんです(笑)。東映の人には、東映スタッフより東映に詳しいって言われたりして(笑)。ぼく、マキノ雅弘監督とも付き合いがありましてね、マキノの最後の弟子って、私(笑)なんですよ。あの人はほんと面白くて、たとえば、あの画面、どうやって撮ったんですか?って一言聞くと、2時間しゃべりっぱなし。楽しかったなぁ。一昨年マキノ生誕100年だったんですけど、昔作った番組(※『あゝ、にっぽん活動大写真』)を再編集してCSで放送したら、娘さんが喜んでくれて(※『映画の子・マキノ雅弘~まるで活動大写真みたいな人生~』)。東映の沢島忠、マキノ雅弘、内田吐夢。この3人が僕が影響を受けた人なんです(笑)。いや、関係のない話ばかりですけど、自分の誇りとしてね、あるんです。それで、内田吐夢監督が『かぐや姫』をやってたら、どんな映画になったんだろうって。」 高畑さん「結局分からなかったんですよ。東映動画時代、噴水の前にみんな集めてね、僕もその中にいたんだけど。部署関係なく、企画案とかプロット、シノプシスを書かせたりしてて、冊子なんかも作ったりして。新人の頃だったから緊張もあって、なんとなく覚えてる。」 浦谷さん「吐夢さんらしいですね。彼と仕事をした人は吐夢監督のことを、自分の力を100%以上、出させてくれた人だって言うんですよね。」 高畑さん「帰国した後の『たそがれ酒場』は面白かったな。」 浦谷さん「面白かった(笑)。いろんな作品やってるんですよね。吐夢さん、アイヌの映画も作ってる。」 高畑さん「うん、『森と湖のまつり』ね。」と、浦谷さんと東映談義。

・浦谷さんの本題は、この夏に日テレで放送する特番「スタジオジブリ物語」。ジブリの25年の全歴史を2時間かけて描く。源流は東映動画にあるということで、白蛇伝から。「おもいで」「山田くん」の特番映像の一部や、残っている素材のテープを使うこと、過去の高畑さんの発言を再録することの許可を得に来た。高畑さん「ろくなのないでしょ。僕は宮さんと違ってサービスできないんで。」 浦谷さん「番組のなかで、宮崎さんが高畑さんのことを"仮想敵"って言ってたりして、面白いのも残ってる。高畑さんも逆に宮崎さんの「もののけ姫」にNOを言っているのもあって。クリエイターが自分が創作するのに、必要ですよね。」 高畑さん「まったく覚えてないですね(笑)。ああいうの、ほんと見てないんですよ。特番とか特典映像とか。でも、そう発言していてもおかしくない。最近思っているのは、あんまり失礼なことを言わないのは何故だろうって。評論でも何でも。当然、人それぞれだから、違和感があったり、面白いということもある。批判があって当たり前だと思うけど。」 浦谷さん「テレマンもそうですよ。昔は放送の後、みんなで飲み屋に行って、なんだあれは!とかお前のダメだ!とか、喧々諤々で批判しあってね。こっちは、こんちくしょう!って、次の日から、あいつら納得させるの作ってやる!ってそういうのが無くなってきてる」と。

・浦谷さん「パンダコパンダのDVD特典に入れた映像も、素材が残ってるので使いたい。パンダコパンダって、日常の中にファンタジーを、ってことですけど、ハイジでは、ほぼ全部日常、という。あれ、最初は高畑さん、さんざん断ったんですよね。高橋茂人さんでしたっけ。」 高畑さん「うん。やりたいけれど、企画に色々と問題があるってのと、それとは別の理由もあって。その前の作品の制作環境もが酷くて、良心的な企画というと聞こえは良いけど、それを作っている人間たちの労働環境があまりにもひどすぎると。こういう労働環境でやっていって良いのか、とかね。東映動画出て、Aプロで「ピッピ」を作ろうと出たわけですけど、あれ、今となってみれば、頓挫してよかったと思ってるんです。環境があまりにもひどすぎた。そんな中でやっていったら、途中で「もう出来ない!」ってやつが続出するに決まってる。

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