映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


2011年1月24日(月)~28日(金)


24日(月)

・橋本さん用の追加1カットのコンテを、田辺さんが仕上げる。出来も良し。田辺さんの集中力も持続。最初から、こんな集中力でやってくれていたら、なんて考えがよぎる。

・出社した高畑さんから、音楽の相談を受ける。「この映画の難しさは、音楽がふたつあることですよね。いわゆる劇伴と、琴や歌とかの劇中に出てくるもの。作曲家の選定が難しい。古楽器を知っているだけではダメ。むしろ、知っていると枠に囚われる可能性がある。古楽器に興味をもちながらも、月から来たかぐや姫がこんな風に楽器を奏でたら"ほぉー!"となる、というような曲作りに果敢に挑んでくれる人がほしい。」

・橋本さん1カットのレイアウトがあがった。高畑さん、田辺さんがチェックする。その際のやり取りで、「橋本さんに対して失礼な態度をとったかもしれない」と田辺さんが不安がる。フォローしておかないと。

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25日(火)

・日曜日、沖縄の祖母が倒れた。78歳。急性A型大動脈解離。緊急手術。成功の報告。現在、集中治療室。高畑さん曰く「近藤喜文さんと同じかもしれない」とのこと。一方で、高畑さんも75歳。大事が起きた時に対応できるようにせねば。

・昨日、田辺さんから聞いたことが気に掛かり、橋本さんに話しかける。長丁場なので、一緒に水泳しませんか、と提案してみる。しかし橋本さんは鼓膜に穴が空いているので、水泳はできないらしい。「鼓膜を手術しなきゃいけないらしいんだけど、面倒くさくてね(笑)」と。それにしても、少し顔色が悪い。大丈夫かな。

・帰りの車中の会話は、バックさんに関して。高畑さんは「フレデリック・バック展」の図録掲載のために原稿を執筆中で、内容の相談を受ける。「フレデリック・バックという人物が、何故に母国を捨て、カナダへと移住したのか。そこに、"母国"という概念の薄さがあるのではないか。バックさんの生れた地域は、普仏戦争の時代から第一次、第二次戦争まで、ドイツ軍(プロセイン)の占領等々があった土地。戦争によって、バックさんの親類は離れ離れになり、親類なのに国籍も違ってしまった。こういったものがバックさんの"母国"への帰属意識を薄めさせ、その後のカナダ移住の背景にあるかもしれない。それと、バックさんは、いわゆる"エコ"で語られるが、戦車がハトに化ける絵を描いたりもしていて、誰も語っていないバックさんのもう一つの顔があるんじゃないか。」とのこと。

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26(水)

・橋本晋治さんとのやり取りついて、田辺さんから相談される。演出が曖昧なカットは、橋本さんとの間で行き違いが生じやすいので、橋本さんに渡すカットは今後きちんと設計されたカットを渡したほうが良い、と提案。「そうかもしれません。思い出したけど、『山田くん』の時も失礼なことをしていて。西村くんの言うとおりかも」と。

・高畑さん、出社するなり、「昨日はどうも、すみませんでしたね(笑)」とニタニタ。何かと思いきや、「いや、西村くんが家に送ってくれている間に、日本対韓国戦(サッカー)がやってたんですよ。これがまた凄かった!あのキーパーの何某が、神掛っていたんですよ!」と。 即座にネットで検索し、PK戦をふたりで見る。ファインセーブ!

・帰りの車中、高畑さんに橋本さんのことを話す。内容は朝と同様。高畑さん「うーん、難しいですね。橋本さんは『山田くん』のときに、すごい力を発揮してくれたし、それは本人にもしばしば伝えています。今回は演出的に曖昧だったのはそうだし、それも含めて、面白いものにしてくれるんじゃないかという期待があったし、今でもある。」 西村「様子見つつ、橋本さんとも話してみます。」 などという会話。

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27日(木)

・高畑さんはPC前に座っている。フレデリック・バック展の図録原稿。ラフコンテ作業は、完全ストップ。来週まで引きずるか。少し話して、引きずる期間を最小限にせねば。

・橋本さん、持ちカットである1カットをラフ原画まで仕上げて出社。レイアウトを見せてもらい、田辺さんと共に「さすが」と唸る。「『鬼神伝』で設定資料は見てましたから、一応は(笑)」とのこと。(※『鬼神伝』は、橋本さん作監で、平安時代を舞台にしたファンタジー長篇アニメーション映画。)

・長丁場なので、個人的にも体調に気をつけねば。ということで、スタジオ近くにある温水プールに通いだす。とはいっても、泳げない。「成人"初級者"コース」に登録。

・戻ると、田辺さんと橋本さんが談笑している。大丈夫そうだ。

・濱田くんの5カット、レイアウト全UP。田辺さんのチェックも順次あがる。良いペース。キャラクターの姿勢、背中のふくらみ等、雰囲気が異なる箇所はあるものの、今後、大いに期待。

・高畑さん、帰りの車中は、①「街場のアメリカ論」②日本人と欧米人の子ども観の違い(日本は"神童"、欧米は人間未満の教育すべき対象)と「逝きし世の面影」③教育者と生徒の理想的関係④ぼくらの終戦は、ちょうど夏休みの間だった⑤先生と生徒で共に学んだ民主主義。

・会社に戻り、佐々木さんのレイアウト全アップの報告あり。田辺さんの帰りがけに見せてもらう。

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28日(金)

・橋本さんのラフ原画の取り込みを終え、皆で確認。描かれたラフ原画一枚一枚を見ると、何がなんだか分からない「線の集まり」だったものが、動くと、着物の動きになっている。素人ゆえの驚きかと思い、田辺さんに聞くと、「さすがですよ、橋本さん!」

・橋本さんのカットに、高畑さんからの演出的な変更あり。即座に修正し再チェック。さらに良くなる。高畑さん「うん!パイロットフィルムに相応しいカットになりますよ!」と。

・夜、高畑、田辺、西村、松尾の4人で、現状の把握と、来週以降の作業の進め方についてMTG。高畑さんから先々の話を聞かれ、こちらの想定を改めて話す。高畑さんは「いやぁ、大変なことになりそうです」と笑う横で、田辺さんは僕の目を"真顔"で10秒間見続ける。

・本番を意識してやることがパイロットフィルムの前提であることを確認し、来週以降は、高畑さんはラフコンテ作業を継続、田辺さんは、原画チェックと着彩ボード、コンテ作業の3つを並行してやっていくことに。

・濱田くんがラフ原画を1カットあげた。素晴らしいペース。こういう人物が必要だ。

・休んでいる橋本さんに、素晴らしいラフ原画をありがとうございます、とメールする。「きょ、恐縮です。。ちょっとオーバーです。。でも、ありがとうございます。」と返信あり。


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