映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録

 こうして、「かぐや姫の物語」は、パイロットフィルム制作に取りかかった。なぜか、ぼくはこの期間、かなり事細かに状況を記録していた。8月いっぱいは、そこから抜粋して掲載していきたいと思う。


2011年1月18日(火)~22日(土)


18日(火)

・レイアウト作業に入って、スタジオは平穏だが、仲間がふたり増えただけで、空気が違う。緊張感が、隅々に行き届く。コンテを打ち合わせている高畑・田辺両氏も、ヒソヒソ声。

・夕方、高畑さんは、J:COMの生番組に出演するため、J:COM本社へ。審査員として参加しているNPO主催のTokyo Video Festivalのプロモーションを買って出た。生番組で、エンディングの時にも立ち会わなければならなかったらしく、司会者の隣で「それではみなさん、また来週!」と、ひきつった笑顔"で手を振ったらしい。

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19日(水)

・夜は美術打ちあわせ。男鹿さんの美術ボードがあがってくる。高畑さんは、もう少し色々とスタイルを試したいと、男鹿さんと議論を重ねる。田辺さんからも頻繁に提案が出る。良い雰囲気。

・男鹿さん「明るい色を使って、飛ばすのは必要だけれども、奥行き、空間が感じられるようにしないといけないですよね。」  高畑さん「寄りの画面と、引きの画面、その背景の密度は変わっても良いんじゃないか。今回の作品は、画面内での人物と背景のバランスの中で、背景の密度を変えいくというのも一つの手だと思う。寄りのときには、ほんとうにシンプルな背景でも良いだろうし、引いた画面のときには、ある密度がやはり必要になる」

・田辺さんが試しに着彩したイメージボードに関しては、高畑さんも、そこから何らかの着想を得たようで、高畑さん「心理主義じゃないけど、心理によって色合いが変わるというのも試しようがある。夜のシーンなんかは、ものによっては、その気分を象徴し、心情と一体化したような背景も、ありうる。これまで、そういうことができる作品を作ってこなかったが、今回の作品は部分的にそういうものが使えるかもしれない。しかし、もちろん山編などは、前提として自然の持っている豊かさを表現しきらないといけない。太陽の下で照らされている所では、自然な色であってほしい。そういうところは、前提事項として揺るがない。」

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20日(木)

・昨日の夜、家でヴェルディの「レクイエム」を聞く。かぐや姫の疾走シーンの音楽に合うかもしれないと思って。ということで、高畑さんに話してみたが、反応は今ひとつ。高畑さん、「実際のところ、そんなに頻繁に聞いていないんだけれど、昔に聞いた時は、ちょっと劇的過ぎて、端的な効果を狙いすぎている気がして、好きじゃなかった。ただ、今は、そう嫌いでもないですけど、いや、音楽全般にわたって好き嫌いの境界線が、なんかもう、曖昧なんですけど、年を取ったっていうことなんですけど(笑)」とのこと。

・帰りの車中、高畑さん「パイロットフィルムとはいえ、やはり橋本さんに1カットだけというのは、良くないんじゃないか。そのカットで根を詰めてやってったら、なんか煮詰まっちゃうんじゃないかな。もう数カット、前後の作画打ち合わせを明日にでもして、気分転換のカットを渡したほうが良いと思うんです」と提案あり。

・戻り、田辺さんに、そのことを伝える。前後のカットから鑑みても、橋本さんに渡している1カットは演出が曖昧な点が多すぎる、少なくとも、印象はこうだということを伝えない、と西村も意見。田辺さんも、賛同。明日、詳細を話すことに。

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21日(金)

・水曜日に放送されたNHK「歴史秘話ヒストリア」が藤原頼長を特集していたので、参考になるかと思い、高畑さん、田辺さんに部分的に見てもらう。平安貴族の服装に関して、コンテ上の間違いを発見。伴大納言絵巻で確認すると、問題の箇所に関しては、NHKの服飾考証のほうが正しそうだ。大きな間違いではないが、今後は修正していこう、ということに。

・橋本さんに割り振られたカットだが、難しいカットであるだけでなく、演出上の問題も抱えている。高畑さんから、コンテにはない横フォローのカットを1カット追加するという提案があり、決定。設計から橋本さんに担当してもらう予定。

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22日(土)

・みんな、それぞれ各自の作業を継続。集中力が一週間、持続している。若手の濱田くんの参加が良い影響を生んでいるように思う。朝10時から夜は10時ぐらいまで、寡黙に机に向かい、弁当も机で食べて、ずっと仕事をしている。高畑さんにとっても、橋本さんや佐々木さんのような既知のアニメーターではなく、初めて組むアニメーターなので、よい緊張感に繋がっている。

・パイロットに入ってからの田辺さんのコンテ作業は、予想通り滞ってはいるが、高畑さんのラフコンテ作業は予想以上に良いペースで進んでいる。ところどころ、脚本とコンテ演出上の相談も受けるが、高畑さんから相談があるのは大抵において解決法が見つかったものばかり。こちらとしては、「前のほうが良いんじゃないですか」とか「そっちのほうが良いです」とか、そういう返答で済む。順調。


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