映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 年が明けた。かぐスタの仕事始めから少し経った2011年1月17日。「かぐや姫の物語」が作画インした。作画インとは言っても、パイロットフィルム9カットの作画インだった。このパイロットフィルムをまずは作り上げ、問題点や解決法を把握し、本篇の量産へと移っていく。完成は4月末だ。

 ただ、絵コンテのペースは絶望的だった。2011年1月頭の時点で、絵コンテは約40分、計450カットしか出来ていない。ほぼ絵コンテしかやっていないこの1年で、計40分である。一月に3.3分、1日8秒のペースで絵コンテを進めてきたことになる。僕の想定は130分。残り90分の絵コンテを仕上げる必要があるが、仮に他の作業の全て止めて絵コンテに集中したとして、あと2年強は掛かる計算になってしまう。今後は作画も平行しながらであることを考えると……。高畑さん、田辺さんの絵コンテ作業効率の向上は必須だった。

 この日から、アニメーターの橋本晋治さん、佐々木美和さん、濱田高行さんが参加した。このチームでパイロット版を作り上げる。数は少ないが、ようやく高畑勲監督、田辺修演出のアニメーションが断片とはいえ、作られる。多少の興奮があった。

 作画打ち合わせ(通称「作打ち」)前に、高畑さんからオールスタッフ(全員で7人だけれど)に、今回の作品を制作することになった経緯と、達成したいことが語られた。ずいぶん昔の企画であること、田辺修という才能を活かすこと等々(このオールスタッフMTGの内容を、次回から5回にわけて掲載します)。

 オールスタッフMTGを終え、以降、順番に作打ちが行われた。特殊な線と塗り、都度変わるフレームサイズ、色々と普通じゃないことをやっていく。

 濱田高行氏作打ち。S7-c48~c67。計20カット、152秒。パイロットフィルム優先カットはS7-c51~c54。計4カット、43秒。細田守監督作品「サマーウォーズ」では、大家族の宴会シーンを担当。「かぐや姫の物語」でも、まずは酒宴のシーンを担当してもらう。もうすぐ第一子が生れる。業界の未来を担うアニメーターだ。

 橋本晋治氏作打ち。S7-c68~c85。計18カット、60秒。パイロットフィルム優先カットはS7-c78。計1カット、5秒。映画「鬼神伝」の作画監督作業を終えて参加してくれた。田辺さんとの付き合いも長い。予告編で使った「走るかぐや姫」は、全て、この天才アニメーター・橋本晋治さんの手によるものだ。

 佐々木美和さんの作打ち。S1-c1~c32。計32カット、147.5秒。パイロットフィルム優先カットはS1-c25~c28。畑事務所所属、代々木アニメーション学院通学時に、ベテランアニメーター・大塚康生さんからの推薦で、高畑さんの畑事務所所属アニメーターとなる。前年まで演出助手的な立ち位置で、テストカットの原動画を担当してくれていたが、今年から本格的に原画作業に入る。

 本日の作打ちを前にしてかなり緊張していた田辺さんは、作打ち後ホッとした様子だった。帰りの電車の中で、「いや、無事に終わってよかったです。反乱が起きるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんですよ」と真顔でつり革につかまっていた。

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