映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


西村「ぼく、鈴木さんにひとつ嘘を付いているんです。」

鈴木さん「こんどは、なに?」

西村「いや、なんというか、ぼく、鈴木さんにTさんから手紙を渡してもらって、鈴木さんに面接してもらって、ジブリに入れてもらったじゃないですか。あの手紙がきっかけで。で、Tさんは、自分が凄くお世話になった人の息子だから、手紙だけでも読んでもらえないかってことで。」

鈴木さん「あー、確かそうだったな。あれ、いまでも俺の部屋の引き出しに入ってるよ(笑)。」

西村「あれ、嘘なんですよ。」

鈴木さん「は?」

西村「ぼくは、Tさんが凄くお世話になった人の息子じゃないんです。ぼくの親父とTさんは、知り合いでも何でもないんですよ。」

鈴木さん「えぇ?」

西村「僕の親父は、前に話したと思いますけど、鳶の親方をやってるんです。その前は、小さな会社の社長をしていたんですが、ぼくが幼稚園のときに潰しちゃって。それで家族バラバラで別居してたんですけど、その間、親父はホームレス状態になったりもして。で、その後、再起して鳶職に弟子入りして親方になって、家族を養えるだけのお金が出来たって、僕らの前に戻ってくるんですけどね。もともと、その潰した会社ってのも、なんというか、最後には高価な石が出るっていう山をふたつ買って、結局、山から石は出なくて大損こいて、会社を潰したわけです(苦笑)。まぁ、そういう男なんで、まさか、Tさんとの接点なんて無いんです。」

鈴木さん「そうだったの?」

西村「ええ。でも、あのときTさんからは、『俺が昔とてもお世話になった人の息子だって伝えといたから』と言われて、こりゃ参ったなぁと思いましたけど、Tさんの顔を潰すわけにもいかないし、鈴木さんに対してもTさんが付いた嘘を守り続けるしかないと思って、これまで黙ってきたんです。Tさんにも恩があるから。嘘を付いていました。申し訳ないです。」

鈴木さん「なんだ。そうだったのか。ふーん。じゃぁ、なんでTと西村が、知り合いなの?」

西村「いや、それを話すと少し長くなるんですけど……」


そして、ぼくは、鈴木さんに対して、自分が鈴木さんの面接に辿り着くまでの経緯を全て話した。米国留学生活。当時知り合いだった日本人女性。新橋のママさんとの出会い。認める、あたし認める!鎌倉と最高級和紙。憧憬の心を抑え難く……。ぼくがジブリに入社するまでの経緯、それは縁と運の連続なのだが、それを話した。ここでは割愛する。

鈴木さんへの思いと、鈴木さんについていた嘘。このふたつを話し終えて、ぼくは鈴木さんに対して隠していることは、無くなった。その自分の気の持ちようが、鈴木さんへの意識的な、あるいは無意識的な態度も含めて、映画を進めることに関係していると思った。これでダメなら、僕にはもう、何もない。

鈴木さんは、そのふたつの話を聞き終えた。その後、僕が何かを言う前に、話しだした。


鈴木さん「あのさ、俺はあのとき、本当に西村が狂ったかなって思ったのよ。お前も分かっていると思うけど、高畑さんは、タイヘン!人間が壊れちゃったのを何人も見てきたんだから。」

西村「はい。」

鈴木さん「高畑さんの映画を作るのは本当に大変よ。それは、誰にも分からん。分かってはもらえないよ。それは諦めろ。しょうがないんだよ、それは。誰にも分からんよ、あの人の大変さは。」

西村「はい。」

鈴木さん「お金の件は、俺から星野さんと玉ちゃんに、話しておくから。」

西村「ありがとうございます。」

鈴木さん「だからさ、映画、作って!」

西村「はい!」


ぼくはレンガ屋を出た。時間は24時を回っていた。12月25日、もうクリスマスだった。車に乗りかけた僕は、4歳の娘のクリスマス・プレゼントを用意していないことに気付いた。慌てて近くのコンビニエンス・ストアに駆け込んだ。最後に一個だけ残っていた、お菓子のたくさん入ったディズニーキャラクター「スティッチ」の赤いクリスマスブーツ。ぼくはその「スティッチ」を助手席に乗せて、クリスマスの高速道路を自宅へと急いだ。

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