「喫茶モーゼ」で制作部長の渡辺さんに愚痴を聞いてもらうが、渡辺さんの言うことは、ひとつだった。
渡辺さん「鈴木さんと手を握れる方法はないのか。」
西村「いや、もう、無理だと思うんです。」
しかし、渡辺さんは、4回も、5回も、「手を握れ」と言ってくる。でも僕は、手を握る方法はない、という。でも、渡辺さんは、「手を握れ」を繰り返す。
西村「……もう一度、手を握れるんでしょうかね(苦笑)。」
渡辺さん「握れる方法、何かないの?」
西村「ないです。ないですけど、あるとすれば……、」
頭の中に、ひとつの考えが浮かんだ。
西村「あるとすれば、あの時から、ぼくが鈴木さんに対して思っていることを、全部、ぶちまけることかな……。」
渡辺さん「それ、失敗すれば後がないよ。高畑さんの企画っていうより、鈴木さんと西村の関係が完全に終わるかもしれない。」
西村「そうですね(苦笑)。でも、もう、後がないのは、そもそも後がないんですよ。高畑さん連れて出てけって、鈴木さんに言われてから、『かぐスタ』で企画を継続していますけど、高畑さんの企画がつぶれたら、ぼくは戻れませんよ。ジブリに僕の席ももうないし、どこの部署にも所属していないようなもんだから(苦笑)。」
ぼくは、渡辺さんと別れ、かぐや姫スタジオへと戻った。かぐスタでは、来年のパイロットフィルム作画インに向けて準備を進めている高畑さん、田辺さんの姿があった。ぼくを入れて6人しかいない小さな所帯は、来年には10人になろうとしていた。でもそれも、ぼくのヘマで、間もなく終わってしまうかもしれない。来月からパイロットフィルムに入ることができなければ、今年いっぱいで、この映画は実質的に終わってしまうだろう。
ぼくは、かぐや姫スタジオから外に出た。廊下で携帯電話を手に、ひとつ深呼吸をした。そして、電話をかけた。
とぅるるるる、とぅるるるる。
鈴木さん「はーい、もしもし。」
西村「あ、西村です。」
鈴木さん「うん。」
西村「鈴木さん、今日の夜、時間もらえませんか?何時でもいいです。深夜でも、2時、3時でも。話したいことがあるんです。」
鈴木さん「なに?急ぎなの?」
西村「はい。お願いします。」
鈴木さん「分かった。じゃぁね、今日の22時。22時にれんが屋にきて。」
西村「分かりました。ありがとうございます。」
ぼくは電話を終えて、かぐや姫スタジオに戻った。かぐスタの中では、高畑さんを中心に、みんなが談笑をしていた。ぼくは、ホワイトボードに「れんが屋」と書いて、みんなの笑顔をちらと見てから、車で恵比寿へと向かった。