映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 2010年12月22日(水)14時@ジブリ鈴木さん執務室。参加者は、鈴木さん、星野社長、財務の玉川さんと伊藤さん、経営企画室の稲城さん、そして僕。議案は、①「かぐや姫」パイロット版制作費に関して②パイロット完成後の支出及び予算概要に関して。みなが集まり、席に着いた。僕は、予算書を配り終え、場が落ち着くのを待って、説明を始めた。一通りの説明を終えると、玉川さんが補足の説明をしてくれた、と思う。「と思う」と書いたのは、実のところ、この打ち合わせの記録も、記憶も曖昧なのだ。鈴木さんに言われた一言で、記憶がふっ飛んでしまっている。

 鈴木さんは、僕と玉川さんの話が終わると、こう切り出した。


鈴木さん「あのさ、この話をする前に、西村さ、お前……、


(鈴木さんは、右手の人差し指でこめかみを2回叩き、)


ココ、大丈夫?」


西村「へっ?」


鈴木さん「いや、だから、(右手の人差し指でこめかみを2回叩き)ココ、大丈夫?」


西村「えっ…、頭ですか……?まぁ、大丈夫だと思うんですけど。」


鈴木さん「あのさ、この前の、あれ、西村のメール。」


 鈴木さんが言おうとしていることは分かった。その打ち合わせの1ヶ月ほど前に、ひとつ、仕事でヘマしてしまったのだ。鈴木さんは、それを言っているのだった。


鈴木さん「あのメール見てさ、あれ、西村、どうしちゃったんだって?遂におかしくなっちゃったかなってね(苦笑)。」


 みんな黙っていた。


鈴木さん「それにさ、パイロットフィルムだって、高畑さんと田辺くんと男鹿さんの3人でやればいいだろう。仕上げも撮影も田辺くんがやればいいんだよ。俺はそのつもりで言ってたんだから。」

西村「え?仕上げも撮影も?いや、でも……安藤さんとか。」

鈴木さん「いや、だからね、こうやって集まってもらって皆さんに悪いけど、この間、こいつ、ちょっと変なんでね。ついに壊れちゃったかって。高畑さんと付き合っていると、時々、人間が壊れちゃうのも出てくるんですよ。それくらいの人なんです、高畑さんは。だから、西村も遂に来たかなってね(笑)、心配になっちゃって。」

西村「いや……、あの。」

鈴木さん「今日はだから、ひとまず、西村のことを話さなきゃいけないのかなぁと思うんですよ。どう思うの、みんなは?」


 実は、そこから僕の記憶はない。結論として記憶していることはこうだ。アニメーターを継続雇用する正式な許可は降りなかった。つまり、本編制作を継続する許可を得られなかったことになる。それどころか、パイロットフィルムのためにアニメーターを雇う許可すら降りなかった。動画も仕上げも撮影も、田辺さんがやれ、ということになってしまった。そんなことをしていたら、絵コンテなんて、一切、進まなくなる。それどころか、高畑さんと約束した「本番を意識した体制で、問題を発見する」なんてできやしない。そうなると、いくら「社命」とはいえ、現場(高畑さん)の理解は得られないだろう。となると、パイロットフィルム自体を作れなくなるだろう。つまり「社命」は全うできない。あれ?なんで?「社命」だったのに会社からOKが降りない。なんというヘマをしておるのだ、西村は……。

 色々とボディーブローを食らい、その打ち合わせが終わった。階段を下りる僕に、星野さんと玉川さんが心配して声をかけてくれた。


玉川さん「西村、どうすんの?アニメーターとか来月から入ってくるんだろう?」

西村「はい(苦笑)。」

玉川さん「今のままじゃ、それ無理だぞ。鈴木さんがああだから。どうすんの?」

西村「どうしましょうね(苦笑)。」

星野さん「もう一回、やったほうがいいんじゃないの。鈴木さん交えてさ。来年にやるんじゃ、間に合わないんでしょ?」

西村「1月から入ってきちゃうんで。アニメーターが(苦笑)」

玉川さん「とりあえずさ、このままだと動き取れないよ、こっちも。」

西村「そうですよね(苦笑)。」

星野さん「じゃぁ、やろう。ね。鈴木さん交えてさ。早いほうがいい。今年中にさ。」

西村「そうっすね……。」


 ぼくは、呆然と階段を降りて、1スタ1Fで、ひとり珈琲をすすった。なんで、こうなるのかなぁ、と思いながら。

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