映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 お金を出してもらうべく、ぼくは必死で抗弁するが、大人対子どもだった。それは先の日誌を見れば明らかだが、何せ、目算は立たないけど、ひとまずお金は出して欲しい。そうすれば目算が立ちやすくなる、たぶん、と言っているだけだから話にもならない。
 

玉川さん「あのさ、西村が知っているジブリじゃないんだよ、もう。社員の人数も増えただろう?みんなの生活に責任持っている立場として、ちゃんと計画を立ててやっていかなきゃならないんだよ。」

西村「……はい。」

玉川さん「何の目算もなく、本編制作を継続しますとかじゃ、お金は出せない。そもそも、鈴木さんが本当に『かぐや姫の物語』を作ろうと思っているのか、こちらは分からないからな。一体いつまでに仕上げようとしているのかも聞いてないし。絵コンテだって全然、進んでないんだろ。」

西村「……はい。」

玉川さん「西村が大変なのは知ってるよ。頑張ってるなぁって。高畑さんにぶつかりながらやってるって、鈴木さんからも聞いてるしな。ただ、高畑さんがとか、田辺さんがとか、言われてもさ、こちらは分からないし。西村の話を聞いてるとさ、西村ひとりで頑張っているようにしか聞こえないんだよ。今だって高畑さん、原稿書いたり、講演したりしてるんだろ。」

西村「まぁ……はい。」

星野さん「鈴木さん交えて一度やるのがいいと思うよ。」

西村「いや、でも、時期じゃないと思うんです。どんな絵かも決まってないし、予算とか立てようがないですよ。それを見つけるためのパイロット・フィルムでもあるわけだし。」

玉川さん「だから、そういう目算の立たない状況ではお金が出せないよ。アニメーター残すって言ったって、外にお金が出ていくわけだから、全体の見通しとさ、予算を含めてちゃんとしないと。」

西村「……はい。わかりました。鈴木さんの時間、とります。」

星野さん「よし、そうしよう。うん。」


 思い返せば、ほんとうに、星野さんも玉川さんも、あんな西村に、よく付き合ってくれたなぁと、今は思う。しかし、あの時、ぼくはとても嫌な予感がしていたのだ。

 そもそも、あの時期、鈴木さんは「かぐや姫の物語」がモノになるかならぬか、どちらに転ぶか分らない中で進めていた。そんなこと当事者の僕に言うわけもないが、長く鈴木さんと付き合っていると何となく分かる。「かぐや姫」、上手く進めば万々歳。完成しなくても仕方がない。とりあえず、やらせておこう。これが、当時の鈴木さんの姿勢だったんじゃないか。違ったらスミマセン。

 そんな鈴木さんに対して、ある決断を迫る打ち合わせを開くことになってしまった。現段階では予算も計画を立てられないと言っている張本人が計画と予算を立てて、それを鈴木さんに提出する。そして、「鈴木さん、本当に作るの?だったらお金の工面が必要ですよ」と、社長、財務責任者と共に決断を迫る。まだ先はどうなるか分からんと鈴木さんは思うだろう。ただ、西村はアニメーターを残したい。ならば、この先のことを決めてくれと言う星野さん、玉川さん。この全員が会したとき、「かぐや姫の物語」はどこに向かってしまうのだろうか。嫌な予感だけがあった。

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