映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 パイロットフィルムを制作するには、もちろんお金がかかる。ぼくは制作予算書を作成し、そのお金を出してもらうべく、ジブリの星野社長と財務の玉川さんに提出した。しかし、そこは金庫番である。「パイロットフィルム後も続けて制作を続行する」という"危険思想"は、あっさりと見抜かれ、そこを突かれた。


玉川さん「パイロットフィルムが終わったら、現場どうするの?元に戻すの?」

西村「いえ、アニメーターには残ってもらって、本編の制作を継続しようと思っています。」


 しかし、そんな浅はかな考えは、ジブリの首脳陣には通用しない。僕が関わってすでに4年が経過し、高畑さん、田辺さん、西村の人件費だけでも、積もりに積もって結構なお金がかかっていた。外に「かぐや姫スタジオ」を構え、そのテナント費や高熱水費や諸々のお金もかかっている。しかし、一向に完成の目処が立たない。そんなことを忘れているかのように、西村が言った「継続するつもりです」は、当たり前だが受け入れてはもらえなかった。


玉川さん「いや、継続するつもりです、じゃなくて。それだと、本番に入るってこと?だったら、その予算とか全体のスケジュールを含めて、話す必要があるんじゃないの。」

西村「いや、でも、画面スタイルとか確定していないし、工法についても模索中なんで、今、映画全体の予算とかスケジュール組んでも意味がないと思うんですよ。パイロットフィルムでそこを明らかにしようとしてるわけですし。」


 無茶苦茶である。現場を継続し、映画を作り出すつもりです、と言ったかと思いきや、今度は、どんな映画になるかは分からないので予算もスケジュールも立てられないけど、とりあえずお金出してくださいよ、と言っているのだ。本当に無茶苦茶な話だった。


玉川さん「そのパイロットフィルムだって、鈴木さんから作るってことは聞いたよ。でも、西村から今こうして初めて予算を見せられているわけでさ。これだって、結構な額だろ。それ以降のことは、鈴木さんから聞いてないよ、こちらは。それに、鈴木さんはアニメーターを残すとか、承知してるの?そこらへん、話してる?」

西村「具体的には話してないです。でも、アニメーターが入るっていうのは事前に伝えてますし、松本さんとか、安藤さんが後に入ってくることも話してあります。だから、パイロット後にアニメーターを手放すとか、鈴木さん、考えていないと思うんですけど。」

玉川さん「そこらへん、はっきりさせる必要があるんじゃないの。」

西村「いや、そうですかね。だって、どんな映画を作るにせよ、原画は必要です。そのためにはアニメーターが必要ですし、スケジュールとか無関係に必ず掛かってくる費用だと思いますけど。」


 当時33歳の西村は生意気だった。あの頃は、本当にすみません。だって、必死だったのです。

 高畑さん、田辺さんを動かすには、アニメーター必要だ。アニメーターが参加しているという状況が、そのプレッシャーが必要だった。本丸を攻めるためには、外堀を埋める必要がある。そのためには無茶苦茶でも動かないといけない。パイロットフィルム後に現場を閉じるわけにはいかないのだ。そこに計画性なんてない。理屈もない。計画も、理屈も、高畑さんと田辺さんを前にしては、まったくの無力なのだ。

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