映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 あの頃のことを、色々と書くのは難しい。制作中に起きたことは記録してきたが、自分の頭の中で起きたことは記録していたわけじゃないから。ただ、パイロットフィルム制作準備段階で、ぼくは、公開日を2012年≪夏≫という無謀なスケジュールから、2013年≪夏≫へと改めていた。2013年の夏は、宮崎さんが準備していた新作(「風立ちぬ」)が公開されるはずだから、あのとき、「かぐや姫の物語」を、宮崎さんの新作にぶつけてやろうと思っていたんだ。勝手に。

 そして、もうひとつ考えたことがあった。パイロットフィルムをパイロットフィルムとして終わらせず、その完成後に現場を解散することなく、そのままの体制で本編制作を継続しようと考えていた。田辺さん一人が原画を描くのではなく、数人のアニメーターを集めて作ろうと思い立ったのも、もちろん本番を意識したパイロット制作にしたいという思いもあったが、パイロット完成後も続けて本編制作を進めるという明確な考えがあったからだ。だから、松本憲生さんや安藤雅司さん他、数人の強力なアニメーターを誘っていたのだ。

 絵コンテが1/4しかできていない中で、本編の作画に入ることは、高畑さん、田辺さんという二人の仕事量を鑑みた場合、かなりのリスクを伴う。絵コンテのペースが上がらず、作画に入るための絵コンテが底を付けば、現場は長期に亘って止まるかもしれない。しかし、そういう切迫した状況に追い込み、高畑さん、田辺さんを追い込んでいかないと、絵コンテは5年たっても完成しない。コンテが滞って現場が止まるリスクなんて、絵コンテが5年たっても完成しないリスクと比べたら、僕にとっては小さなものだった。映画を完成させるためには、そこに賭けてみるしかない。

 この考えを第一に察し、懸念を示したのは高畑さんだった。


高畑さん「こうやってパイロットフィルムを作って、これが終わったらどうするんですか?そのまま制作を継続するつもりですか。」

西村「はい、そのつもりです。」

高畑さん「いや、それは反対です。こちら側は今回のパイロットフィルムで問題を明らかにしようという目的でやるわけでしょう。そのまま継続するというのは、ちょっと違うと思いますよ。一度、現場を止めて、皆さんには悪いけど外で違う仕事をしてもらって。こちらはこちらで、また田辺くんと二人の絵コンテに戻ったほうが良いと思うけどなぁ。パイロットで見つかった問題は、その間に解決すればいいでしょう?」

西村「この数ヶ月で集まる原画スタッフは精鋭中の精鋭です。彼らを解放してしまったら、次にいつ戻ってきてくれるか分かりませんよ。小西さんだって、他社作品の作画監督をやるために出て行って、あっちがまだ終わらない。いざパイロットフィルムを作るという時に戻って来られない状況になっているじゃないですか。一度手放した優秀な原画マンは、二度と戻らない。僕はそれを覚悟する必要があります。そんな覚悟はしたくありません。高畑さんが本当に問題があると思った時は、言ってください。即座に現場を止めますから。」


 高畑さんは渋々、納得した。止められるまで、突っ走るしかない。しかし、この決断が後に大問題を引き起こすことになる。とても困ったことになるのだ。

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