高畑さんが眠る会議テーブルで、僕は高畑さんの顔の前のイスに腰をかけた。僕の顔と高畑さんの寝顔との距離は、30センチくらいしかない。そんな至近距離で、ぼくは高畑さんに話しかけた。
西村「高畑さん……」
高畑さん「(眉間に皺を寄せ、目を閉じたまま)……はい……」
西村「ちょっと困ったことがありまして。」
高畑さん「……なんですか……」
西村「いや、非常に困ってるんですけど、あの、『社命』が、ですね。」
高畑さん「……はぁ……」
西村「会社の命令、『社命』がありまして。どうしようかなぁと、ちょっと困っているんです。」
高畑さん「(ゆっくり目を開けて、30センチの距離にいる僕を見て)……『社命』ですか……。」
西村「ええ、『社命』です。『社命』で、パイロットフィルムを作らないといけなくなりました。」
高畑さん「パイロットフィルム?……無理でしょう。」
西村「……そうですよね。無理ですよね。」
高畑さん「はい。」
西村「だから、困ってるんです。社命なんで。」
高畑さん「困りましたね、それは。」
西村「ええ、困ってるんです。それで、ひとつ考えてみたんです。聞いてもらえますか?」
高畑さん「……何ですか?」
西村「あの、テストカットやってきて、ここでパイロットフィルム、となると、絵コンテ作業を止めることになってしまうんで避けたいんです、本心は。でも、考え方を変えれば、会社の命令の中で、もう少し本格的な実験もできるんじゃないかなぁと。」
高畑さん「……はぁ。」
西村「建前はパイロットフィルムなんですけど、これから量産に向けて、どんな問題が出てくるだろうか、あの表現を分業しながら本当に実現できるのかとか、今のうちに分かっておく必要があると思うんです。実際に本編を作るときの布陣で、2分くらい作ってみるのも悪くないんじゃないかなと。」
高畑さん「なるほど。西村くんが言うのは、出来上がっているコンテの中からカットを選ぶと言うことですね。」
西村「そうです。本番のカットを作ってしまうということです。」
高畑さん「それであれば、やる価値はあるかもしれません。コンテをやっていても、このカットがどうなるのか、とか。成立するかどうか分からないものもあるんですよ。」
西村「そういうの、やりませんか。」
高畑さん「いいですね。ただ、カットを選ぶ必要はありますね。多くは出来ませんよ。」
高畑さんの賛同を得た。ぼくは、嫌がる田辺さんにも同じように説明し、納得してもらった。ぼくらは来年(2011年)の年始から、パイロットフィルムを作ることになった。それが『社命』だったから。