映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 あれは、2010年10月のことだったろうと思う。いつものごとく、ぼくは鈴木さんに、毎月定例の進捗報告をした。

 出来上がった絵コンテは、本編の約1/4。作業ペースは相変わらず遅いものの、設定や考証で難しさを抱えていたパートは潜り抜けた。全くの手付かずだったその他のキャラクターも目処が立ちつつある。テストカットも、ほぼ完成。線を活かす画作りの成果と課題が明らかになった、等々の報告をした。まぁ、当たり障りのない報告だろうか。すると鈴木さんが、貧乏ゆすりをしながら、ひとつの提案をしてきた。


鈴木さん「フゥー(と、タバコの煙を吐きつつ)。っにしても、絵コンテが進まないなぁ。フゥー(と、タバコの煙をもう一回吐きつつ)。あのさ、西村さ、パイロットフィルムでも作ってみたら?」

西村「パイロットフィルム、ですか。例の2、3分の?」

鈴木さん「そう。それで分かるだろ、色んなことが。」

西村「でも、ここで3分を作るとなると、あの二人のことだから、半年くらいは絵コンテが止まると思います。それは避けたいです。」

鈴木さん「いや、パイロットフィルムで、これだ!っていう画面が出来れば、高畑さんはやる気になって絵コンテも進むよ。そういうもんなんだよ。」

西村「そういうもんですか。」

鈴木さん「でも、高畑さん、強硬に反対するだろうな。」

西村「そうですか?反対しますかね?」

鈴木さん「うん、反対する。よし、こうしよう!これは『社命』である、ということにして、西村さ、説得して!これ、大事だからな。方法を考えて、絶対、説得すること!わかった?」

西村「え、あ、はい。」

鈴木さん「忘れるなよ。『社命』だからな。」

西村「……はい。」


『社命』か……。どうやって説明すれば理解を得られるだろうか、と思案しながら、ぼくは東小金井駅の商店街を通りぬけ、かぐスタへと戻った。そして、玄関のドアを開けたのだが、ドアを開けてすぐ左に置かれている木製の会議テーブルの上に、なんだ!?何かいる!!

 よく見ると、その“何か”は、会議テーブルの上で眠る高畑さんだった。かぐスタに仮眠スペースが無い頃、高畑さんはよく会議テーブルの上で寝ていたのだ。大抵の場合、眉間に皺を寄せながら。

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