映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 嘘のようだが、2008年から2012年の計5年間くらい、ぼくは寝ているとき、高畑さんの夢しかみなかった。これ、恐ろしいことに本当の話なのだ。起きているときは高畑さんと始終一緒にいて、ああでもない、こうでもないとやり、時にぶつかり、時に怒られ、週6日、毎日10時間以上を共にする。疲れて帰って、4、5時間の少ない睡眠でも、ひとりで安らぐことは許されない。本当にいつも、夢の中に高畑さんが出てくる。24時間365日、高畑さんと僕は一緒にいたのだ。狂いそう。いや、狂ってる?

 ある日、「かぐや姫の物語」の企画を前進させるために、高畑さんを絶対に説得しなければいけない案件があった。ぼくは喫茶店で長時間、真っ向勝負で説得にあたった。最終的に高畑さんが何とか納得してくれた。よし、これで企画を前に進めることが出来る。そう安堵した瞬間、目が覚めた。夢だった……。ぼくは会社の机の上に突っ伏して寝ていただけだった。

 なんだよ!と憤っても、夢は夢だ。仕方が無い。これからまた同じ案件で説得しないといけない。僕は夢の中と全く同じ案件で高畑さんと再び話し合いの場を持ったのだ。喧々諤々の口論である。でも、今度も何とか説得することができた。これで企画を前に進めることが出来る。そう安堵した瞬間だった。また、目が覚めたのだ。これも夢だった……。ぼくは夢の中でも夢を見て、何度も何度も高畑さんを説得していたのである。もちろん、その夢から覚めて現実に戻っても、ぼくは絶えず映画を進めるために、高畑さんと真剣に話す。ずっと、ずぅーっと映画作りである。

 しかし、そんな僕は序の口だ。可哀相なのは田辺さんだ。田辺さんの見た夢だ。

 ある曇った日、田辺さんは何故か、どこかのマンションの廊下にいた。廊下をゆっくりと歩いていくと、ひとつだけ扉が半開きになった部屋がある。田辺さんは吸い寄せられるようにその部屋の扉の前に立った。半開きになった扉のドアノブに手を掛けて、ゆっくりとドアを開けた。

 部屋の中は電気がついておらず薄暗い。3LDKぐらいの部屋か。ただ、家具はない。玄関で靴を抜いで、廊下を歩いていく。リビングを通り過ぎる。その奥に部屋が一つある。ほのかな明かりが灯っている。田辺さんはその明かりのほうへ進んでいった。

 部屋に入ると、ベッドだけが置かれていた。そう見止めるが早いか、ベッドの布団がモゾッと動いた。な、なんと、ベッドには、高畑勲監督が横になっていたのだ。

 その光景に立ち尽くす田辺さん。まもなく、高畑さんも田辺さんに気付いた。右手の腕を枕にして、田辺さんを見ている。田辺さんも高畑さんを見ざるを得ない。目が合う。見つめあうふたり。そのとき、そのときだった。高畑さんの左手が動き、掛け布団に手を掛け、それを持ち上げた。「おいで」とでも言わんばかりに。そう、高畑さんは、田辺さんを自らのベッドへと誘ったのである。

 凍る田辺さん。しかし、田辺さんに為す術は無い。「……はい。」 田辺さんはそう答えて、自ら、高畑さんの待つベッドの中へと入っていったのだ。「失礼します」と言いながら。

 と、そこで目が覚めたらしい。

 当時、毎日毎日、怒られていたから、相当、追い詰められていたんだろうなぁ。


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