映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 ジブリから外に出て「かぐスタ」を開設し、狭いながら10人ほどのアニメーターが作業できる場所は確保した。あとはスタッフだ。監督はいる。演出はいる。美術監督は決まった。作画監督は、出て行ってしまったが、また戻ってきてくれるはず。そろそろ、それ以外のメインスタッフと、原画スタッフの確保に向けて動かねばならない。テストカットに入る直前から、僕はゆっくりと動いた。

 田辺さんと相談すると、最初は5人ぐらいでスタートしたいと言われた。高畑さんも同意見だった。とはいいつつも、進行の都合から、5人でスタートし、年末あたりまでに10人、その後15人程度に増やすぐらいでないと2012年夏の完成は難しいだろう(この時点では、ぼくは2012年夏公開を目指していた……)。

 高畑さんは、原画スタッフに関しては田辺くんに任せます、と言うので、ぼくは専ら田辺さんと相談していった。最初は4スタ中心で行きたいという田辺さん(4スタについては2013年4月26日の日誌参照)。4スタというと、大塚伸治さん、浜洲英樹さん、橋本晋治さんの3人。この3人が参加してくれるのなら心強い限りだ。ただ、3人は少なすぎる。

 田辺さんと話す中で、4スタ以外に、3人のフリーのアニメーターの名前が挙がった。ひとりが、「かぐや姫の物語」特報映像で赤ん坊のハイハイを描いた濱田高行くん。若手の筆頭アニメーターだ。もう一人は松本憲生さん。知る人ぞ知るカリスマ・アニメーターである。そして、もう一人は安藤雅司さん。「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」の作画監督を務めたスーパーアニメーターだ。誰も彼も「エースで四番」である。

 中でも僕が早期からアプローチしていたのが安藤雅司さんだった。「千と千尋」の後、色んなことがあってジブリから去った安藤さん。その後、一度だけジブリで仕事をしそうになったが、これまた色々なことがあって、ジブリに近づかなくなった安藤さん。ぼくは、この安藤さんにどうしても参加して欲しかった。実は、安藤さんに関してはテストカットに入る半年前から、話を持ちかけていた。

 優秀なフリーランスのアニメーターを確保することは、アニメーション制作において、もっとも大事な仕事の一つだ。これが生命線と言っても過言ではない。ただ、優秀なアニメーターは優秀だからこそ、どの作品の現場も欲する。半年前、1年前から個別にアプローチしないと、次の作品が決まっていたりする。当時、映画「モモへの手紙」の作画監督を務めていた安藤さんに早期にアプローチしたのも、それが理由だ。

 ただ、誤解なきように書いておくと、早めにアプローチしたからと言って、すんなり引き受けてくれるというわけではない。必ずしも有利に働くということでも無い。上手いアニメーターほど、結局は、その作品が魅力的かどうか、そのキャラクターを動かしてみたいかどうかとか、誰が演出で、誰が作画監督かとか、或いは、アニメーター同士の貸し借りがあるかとか(あの作品で手伝ってもらったからお返ししないと、とか、次の作品で手伝って欲しいから恩を売っておこうとか)で、決まることが多い。中でも多いのは、アニメーター同士の貸し借りだったりする。

 ただ、高畑さんはアニメーターではないので、他の現場に貸しはない。演出の田辺さんは、この10年間、ひとつふたつの例外を除いて、原則的に誰の作品も手伝わないので、誰にも貸しがない。だから、僕の仕事は純粋に、高畑さんの映画の魅力を伝え、田辺さんが描いたキャラクターの魅力を伝え、最後の高畑作品に参加して欲しいと伝えていく。それを地道にやっていくのだ。

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