映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


20130717_5.jpg

 2010年7月2日、高畑さんは、スペイン旅行に出かけた。あの頃、日本テレビの故・氏家齊一郎会長と、高畑さん、宮崎さん、鈴木さんは、年に一度、4人一緒に海外旅行に行くのが恒例となっていた。仲良し4人組だ。前年は確かイタリア旅行だった。そして2010年はスペイン。氏家さんは、映画「かぐや姫の物語」の最大の協力者なのだが、そのことは今度書こう。

 それで、なぜこの旅行のことを書くのか。この旅行が、実のところ僕にとっては大問題なのだ。この4人の旅行そのものが問題なのではない。問題なのは、旅行から帰った後の高畑さんの行動だ。たいてい高畑さんがどこかへ旅行へ行って戻ると、日本国内であれば1週間、海外であれば2週間、何時間も尽きることのない土産話を聞かせてくれる。これがまた面白いから問題なのだが、絵コンテが滞っている状況で、何時間もの土産話に付き合うわけにはいかない。

 ぼくは対策を講じた。名付けて「目には目を。土産話には土産話を大作戦」である。ぼくは高畑さんの土産話へのカウンターパンチとして、田辺さんと佐々木さんを、同期間、ロケハンへ行かせることにしたのだ。

 行ってもらったのは、(1)岩手「えさし藤原の郷」、(2)京都「風俗博物館」。もちろん、純粋に田辺さんに実感を掴んでもらうという、ロケハン本来の目的もあるが、あえて、同時期にぶつけたのは、高畑さんの土産話を封じるためである。

 岩手にある「えさし藤原の郷」は、平安時代を再現したテーマパークで、NHKの大河ドラマでもしばしばロケとして使われている。ここにロケハンに行ってもらったのは、もちろん寝殿造があることもあるが、何より実寸大の牛車が存在したからだ。

20130717_1.jpg

↑寝殿造。

20130717_2.jpg

↑牛車。


 実際に牛が引いてくれる行事があるのだが、当時、狂牛病騒ぎ(だったと思う)があり、牛車サービスは中止になっていた。

 田辺さんと佐々木さんは、デジカメで撮影した色々な参考写真や参考映像を持って帰った。建物や牛車の内観、外観写真だけでなく、十二単を纏った田辺さんのコスプレ映像、否、参考資料映像もたくさん持ち帰った。44歳の田辺さんが十二単を身に纏い、回廊を行きつ戻りつする映像には思わず吹き出してしまったが、映像に写る田辺さんの顔は真剣そのものだった。これが動きを研究する天才アニメーターの顔か。

 その次にふたりが向かったのは、京都「風俗博物館」だ。「かぐや姫の物語」でも多くの資料を集めたが、その中でも風俗博物館が出している「源氏物語 六条院の生活」という資料は、大変参考になるものだった。実写映画美術の第一人者である種田陽平さんに、どこか参考になる場所はないかと相談したことがあったのだが、種田さんの口から出たのも、この「風俗博物館」だった。

20130717_3.jpg

↑これが「風俗博物館」の展示の一部。平安時代を、全て人形で再現している。驚き。


 ロケハンから戻った田辺さんは牛車の乗り降りや、寝殿造りを含めた空間に、ある程度の実感を持てるようになっていた。そして、手が動いた。田辺さんが実感をもって描き出した。あれほど止まっていた牛車の乗り降り2カットが、ロケハンから帰って後、間をおかずに出来上がったのだ。

 スペインから帰国した高畑さんは、田辺さん、佐々木さんのロケハン報告攻撃によって、スペイン旅行の土産話を満足いくまで話せないでいた。僕の作戦は成功した!かに思われた。しかし、どうしても我慢できない高畑さんは、ジブリ1スタにわざわざ出向いて、ジブリスタッフを相手に土産話を聞かせてまわったのである。

 高畑さん、帰ってきて!


20130717_4.jpg